外房捕鯨株式会社

千葉県和田浦の捕鯨会社からのプレスリリースです。

明日5月25よりツチクジラ漁を1隻体制で開始。

 既にこのブログにて紹介した通り、明日25日より1隻体制で和田浦のツチクジラ漁が始まります。船は昨日入港。先週末には鮎川在勤の弊社の解剖員も和田に入り、準備を進めています。従来であれば、6月末に始まる仕事。諸事情があり、今年はこの時期に始める次第です。尤もクジラが来遊しているかどうか、それは実際に操業してみなければわからないところではあります。

 従来より地元小学校において、地域独特の産業を学ぶ総合学習として「クジラ学習」が行われています。今年は早く漁が始まりますので、日本鯨類研究所の西脇先生に毎度毎度のボランテイアでお越しいただく、今日は和田小学校にて講義が行われます。鯨類全般に関するお話しをしていただきますが、「顎骨の振動を音を感知する」実習等も毎年行われ、好評です。クジラが獲れれば、子供達を対象とした見学会も随時実施されます。一足早い和田浦の夏が、断続的にではありますが、始まります。今年もよろしくお願いします。以上

今年に和田浦ツチクジラ漁は5月25日に開始!

 今年の和田浦のツチクジラ漁、変則的になりますが、とりあえず5月25日に開始されます。今年もよろしくお願い申し上げます。

 「断続的」という言葉がありますが、今年のツチクジラ漁はまさに「断続的」に実施される見込みです。5月25日に開始されるものの、網走でのミンククジラを対象とした捕獲調査が始まる前に船は、網走入りする必要があります。網走の捕獲調査の開始日は現在スロベニアで開催されているIWC科学委員会での論議を経て日本国政府が判断することとなりますが、それが6月10日頃となるのか、或いはもっと遅れるのか現状では全く予定が立たない。船は網走の捕獲調査の開始に間に合う様に、和田浦のツチクジラ漁を一旦切り上げ、網走に向かう必要があります。

 網走での捕獲調査終了後には随時和田浦にてツチクジラ漁が再開されますが、開始日は未定。加えて、従来は2隻体制で夏のツチクジラ操業を行っていましたが、今年は1隻体制での操業になる見込みです。という訳でして、ここ30年近く夏に2隻体制で継続さえてきた和田浦のツチクジラ操業は、ミンククジラの捕獲調査の拡大の計画を受けて、今年はその漁獲努力量が大幅に削減される見込み。漁獲努力量が削減されれば、常識的には捕獲量(頭数)も減ってしまう。そいった現実に直面し、苦慮しています。

 ツチクジラは房州の人々が古式捕鯨発祥の17世紀以来馴染んできた鯨。その供給量が減るのはとてもつらいことです。和歌山の太地の皆さんが馴染んできたゴンドウクジラについても、追い込み漁業の供給はあるものの、小型捕鯨船の供給については、漁期が設定出来ない状態。これは大きな変化であり、当社はその対応に追われています。

 一方で今年より従来の太平洋沿岸に加え、オホーツク海でも実施される方向で拡大されるミンククジラの捕獲調査ですが、その目的は「ミンククジラを対象とした商業捕鯨(普通の漁業)の再開に資する科学的データの収集」することです。一般にミンククジラは北方の海域に分布する鯨ですが、その赤肉は生食用として人気が高く、当社を含む沿岸小型捕鯨業界が経済的に大きく依存してきた鯨種。その捕獲調査には鋭意参加・貢献する義務があります。ここ30年馴染んだ操業体制が変更されるのはつらいことだが、江戸時代初期に発祥した古式捕鯨の流れを汲む小規模な沿岸捕鯨400年の歴史の流れの中では、ひとつの小さな出来事に過ぎない。そう考えるべきなのでしょう。とにかくこの一年、新しい操業体制の下で従業員と共に鋭意働いてみよう。そしてその成果を後からじっくり検証し、その後の生き方を考えよう。そう覚悟するに到りました。

 房州では常緑の照葉樹の新緑がまぶしい、日々丘々の風景が移ろう季節。「山笑う」という言葉がぴったりしますね。大きな操業体制の変化という問題を抱えている為か、日々移ろう新緑の風景にこころがざわつく感覚がありますが、5月25日からツチクジラ漁を開始。地元小学校の「鯨学習」の授業も例年通り鯨研の西脇先生を招聘して24日に実施、25日以降にもしうまく鯨が獲れれば、地元小学生を対象とした見学会が開催されます。その後網走での捕獲調査が始まれば、私も従業員と共に網走へ移動する。そんな状態で日々を過ごしていけば、このこころのざわつきも解消されるのではあるまいか?そうですね、とにかく働きましょう、与えられた条件の下で前に進んでいきましょう。

 とまあ、私自身はそんな心境にあるのですが、例年6-7月頃に実施している「和田浦クジラゼミ」の開催については、今年は全く予定が立たない状況にあります。まずは夏の和田浦のツチクジラ漁の開始日が未定ですし、私自身その時期に何処に滞在しているか不明にて、十分な周知期間を設定出来そうにありません。そんな訳で、今年の「和田浦クジラゼミ」は漁期終了後に、追って開催日を決定したい。そう考えております。常連の参加者の皆様におかれましては諸事情をご賢察の上、ご了解いただけますと幸いです。それでは。漁期が始まったら、また日々の解体等の予定をブログに掲示させていただきます。よろしくお願いします。以上

春の嵐

  確か先週春一番の報に接し、今週も春の嵐で始まり、明日も大荒れで気温も上昇しそうです。まだ西高東低の冬型がばっちり決まって冷え込む朝もあるが、移動性の低気圧が春の嵐をもたらし、季節は確実に春に向かっている。そんな印象ですね。

 それにしても今年はやたらに寒桜が目立ちます。やはり日本人は桜が好きで、冬場にもそれを見たがる。だから当地でもここ数年で多くの寒桜が植えられたものと思う。

 でも僕に言わせれば、この時期は梅花の楚々とした姿を心静かに愛でる時期かと。散歩の途中でしばし梅の木の下で佇み、その仄かな香りを愉しんでいます。かつて北国の大学を卒業して東京の会社に就職した頃、冬場は一緒に山に付き合ってくれる相棒もなく、ひとりぼっちで中央線沿線の山々や乾徳山、茅ケ岳といった山々を登っていました。あの頃甲州の梅林の風景は美しかった。春の甲府盆地の桃や李(そもも)の風景は格別なものですが、少々地味ではあるものの、僕は寒い時期の甲州の梅林が好きだった。そんなことを思い出します。

 私の生活は相変わらず。朝晩に加え、時には昼にも歩いている。週末は結構纏まった時間歩く。全く歩けない1ケ月、装具で患部を庇いながら慎重に杖で歩いた1ケ月、杖で結構軽快に歩いた1ケ月の都合3ケ月の後、この睦月と如月は兎にも角にも、我が和田浦を歩き回っています。不思議なもので、我が和田浦を歩いてさえいれば十二分に満足し平穏な気分である。逆に専ら我が街を歩き回ることで、精神の健康を何とか維持出来ている感覚もありますね。遠出をして見たい、という希望は起こらず。むしろ家を離れるのが不安な感覚もあります。昔は頻繁に山を登ったり、それが適わなければ、とりあえず旅に出て、知らない街を歩き回ったものですが、、、、。

 そんなことを考えている内に、久しぶりにどこか遠くへ行ったら案外愉しいのでは、と思う様になりました。この冬の名残に、甲信国境の低山を登って、真白き八ヶ岳と南アルプス連峰を眺めて来ようか?そうだ、京都や琵琶湖もいいなあ。今冬の湖北は相当に雪が多い筈だ。未だ手が着いていない仕事が多くて気が晴れないが、修行僧の如くひとつひとつ祈る様に片付けいければ、いずれ我がこころにも平穏な気分が訪れるのではあるまいか。そんな気になってきました。

 そうですねえ、いつか、ぶらりと、電車とバスに揺られ、福寿草が春の兆しを告げる、雪深き村を訪れ、長靴を履いて、雪の道を歩き回りたい。漠然とそう思います。それでは。

立春

 立春の朝は、如月朔日と同様、定置網漁の回復を祈念しての神社巡り。今回は旧和田地区の花園から真浦までの5つ神社に、和田の竜宮様と小浦の弁天様と稲荷様を加えた、なかなか豪勢(?)なものとなった。「神様に祈る以外に能が無いのか?」と言われてしまいそうだが、僕は歩くことが好きで、早朝の神社の佇まいは何とも美しいもの。朝の散歩でそこに赴けば、掌を合わせて何事かをお願いしている次第である。立春の朝にはどの神社も例外なく、昨日(節分の日に)撒いた大豆が残っていた。誰かがこうした昔からの習慣を守ってくれている。ゆかしきことである。

 その後大学の同窓会に出席すべく、千葉へ。この同窓会に誘ってくれた県庁のAさんが一昨年急逝。そんなこともあって、出席しない訳にはいかないのだ。鈍行電車を使っての千葉行きは乗り継ぎがうまくいっても2時間半はかかる。かつてはそれを嫌ったものだが、最近では鈍行列車の旅を愉しむ感覚が強い。いつか「駅から散歩」を楽しむべく、勝浦あたりまで車窓の風景をじっくり眺め続ける。今回行川アイランド駅手前付近で、遙か下方の急坂の下に小さな漁港を発見。おせんころがし付近と思われが、いつか散歩してみたいと思う。

 同窓会を終え、鈍行列車で帰宅。とまあ、そんな一日となりました。それでは、お終いに、井上靖さんの詩「立春」を以下に紹介し、「快癒宣言」以来の頻繁な作文を終了したいと思います。気が向いたらまた書きましょう。それでは。

立春 井上靖
雪が降った日から七日経っている。
庭の陽かげに いつまでも残っていた雪も、
最後はしゃぼんの泡のようなものになって、
今日の午後消えてしまった。
そしてそのあとの湿った黒い土の上に、
静かな冬の陽が落ちている。

雪の降った日にふいに私のところにやってきた
ある烈しい思いも、少しずつ形を変えて
今日まで心の片隅に残っていたが、
最後はやはりしゃぼんの泡のようなものになって、
静かな冬の陽がどこかに持って行ってしまった。

雪が消えるように思いも消え、
思いが消えるように雪も消えた。
天地の間には百数十時間という刻(とき)が過ぎ、
それを七つに割った安佚(あんいつ)な明暮が、
私の内部においては繰返されたのだ。
暦は立春を伝えている。

節分

  今日は節分。節分の翌日が立春となることは、一応は知ってはいたが、一体そういうことなのか疑問に思っていた。という訳で今回ようやくネットで調べてみた次第です。

 そもそも節分とは季節を分ける、季節の最終日を意味するが、江戸期以降は特に立春の前日を節分と呼ぶ様になった由。季節の変わり目には邪気が発生する由にて、節分に「鬼は外 福は内」と叫びながら豆をまく習慣が形成された由。思えば昨秋から冬は怪我のこともあって、なかなか大変だった。今晩はコンビニで豆を買ってきて、しっかりと豆をまいて、邪気を祓いましょう!

 邪気と言えば、ここ数日はトランプ大統領の移民政策のことで大騒ぎですね。将に「鬼が現れた!」という感覚でしょう。7ケ国の国民が当面は問答無用で米国に入国出来ない由にて、世界中のプレスを中心に非難轟々(ごうごう)です。ところが、米国内の世論は大統領令への賛成47%・反対41%で、むしろ「鬼の出現を喜んでいる」人々の方が多いということになりますね。これを「社会の分断」と理解し、その責をトランプ大統領に押しつける言い分もありますが、彼の当選も含めて、何故こうなったのか、よく考えてみる必要がありそうですね。我等日本の姿勢も含めて。
 
 日本の航空会社が、当該7ケ国の国民の米国行飛行機への搭乗を断っていることが、悪いことをしているが如く報道されていることを奇異に感じています。米国に入国出来ないことがわかっていて、彼等を飛行機に乗せるのはどう考えても合理的とは言えない。故にこの航空会社の姿勢はむしろ良心的と言えるのではないか、と思う。航空会社の方も、何だか申し訳ない様な言い方をしています。思えば最近は中国・韓国・ロシアといった隣国、さらに同盟国である米国においても、穏やかならざる多くに事象が生起している様に思われます。プレスも含めて、大いに混乱してしまっているかしら?いずれにせよ、今何が起こっているのか、それをよく考えてみる必要がありそうですね。

 節分の日も一筆書こう、でも節分の話だけでは保たない、という訳で久しぶりに時事問題なんかを書いてみました。嗚呼しんど。それでは。

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