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外房捕鯨株式会社

千葉県和田浦の捕鯨会社からのプレスリリースです。

杜を求めて

 相変わらず捕獲は進まず。海況が天気図から想像されるそれよりも悪い、といった状況。秋が深まるとそういったことが起こりやすい。過去にもそんな感想を持ったことがありました。

 当地は晩秋の風情。朝の気温は5℃前後。比較的雨は少ないですね。釧路は樹木の少ない街で、宿と工場周辺も同様。休日は杜を求めて外出します。最近では繁華街手前の公園や久寿里橋の先の鶴ケ岱公園の樹林に深い愛着を覚える様になりました。

 朝の繁華街を通過。例に拠って店の名前を見ながら歩く。「炉端銀座」の建物では取り壊しが始まった。居酒屋の「ツンドラ」という名前に吃驚。北の街、居酒屋は温かみのある名称を使うのが普通だろうと。それでも、「ツンドラ」という表示の横に「ラーメン」「ツブ焼き」の看板があり、ツブ焼きのテイクアウトのスペースまであって、その佇まいは何とも賑やか。なるほどなあ。狭い路地にスナック「萌芽」という店が。怪しげな店名と思っていた。「萌芽」を何と読ませるのだろうか?昨日近づいてみると、「萌芽ママは10月一杯入院中。コロナではありません。11月に開店予定。」との張り紙がある。「萌芽」はやはり「ほうが」と読ませる由。よく論文なんかで使われる言葉だ。これはママの本名かしら?とまあ、一体僕は何をやっているのだろうか?

 鶴ケ岱公園には茶室があり、それがお気に入りの場所になった。先日遭遇したエゾシカは公園で飼っているものではないらしい。博物館から下る春採湖沿いの遊歩道も気持ちがいい。午後には湖水上に陽の道が輝く。有名な蕎麦屋、東家本店の庭園も美しい。樺の木の葉の緑と黄色、その後方に楓の赤、それらが風に吹かれる様は美しいものだ。旧市街の散歩。この時期はかつて大根を干す風景の美しさに魅了されていた。そころがここ数年大根を干す風景を見たことがない。一方で今回はダリアの花の美しさに魅了されている。ダリアは品種改良が進んでいる様で、実に多彩なダリアを植えている庭があって、そこでしみじみとそれらの多様な色・容姿を眺める。

 とまあ、そんな風に散歩を愉しみ、喫茶店でダージリンをいただき、宿に戻る。意味のない怠惰な生活?まあそう言えんことはないけど、こういった時間が我が人生に何色かはわからないけど、ちょっとした彩りを加える。そう考えることにしましょう。「読書の秋」の方も、段々と堅苦しいものは読みにくくなり、河合隼雄さんのエッセイに紹介されていた童話「長靴下のピッピ」を購入。結構愉しめました。10月も半ばを過ぎました。泣いても笑っても残された日数は少ない。現況を受け入れつつ、まあそう悲観せずに過ごしていきましょう。それでは。

薄暗い朝

 半月を越える不(無)漁の後、ようやく1頭を捕獲・出荷したが、後が続かない。今朝は風雨強き薄暗い朝。比較的気温は高いが、内地では最高気温は30℃との予想。当地と内地の気候の差異に改めて驚愕する。長い不漁、「もし千葉で働いていれば」と思ったりもするが、内地の海況も9月は酷いものだったそうだ。想えば8月も悪く、北へ移動出来ない日々が続いていた。天候には泣かされる。また海況が良くても鯨が見えなかったり。

 鈴木大拙曰く。
「自然は区別をせぬ、えこひいきをせぬ。この点では公平である。或いは無頓着である。人情を容れぬ。」

 それにしても、ここ20年の釧路漁業の変動は凄まじい。かつては秋鮭が豊漁で、加工場は24時間稼働。国内市況が低迷。大半が中国で骨皮除去加工され、欧州に輸出された。秋刀魚も豊漁で大漁貧乏とならぬ様に漁獲調整がなされた。カタクチイワシを獲るか、秋刀魚を獲るか、油代等の操業コストを算出して翌日の漁予定を決める。そんな船もあった。10月にはスルメイカが揚がり、函館・八戸といった本来のイカの産地に出荷された。

 ところがここ数年、秋鮭の来遊が大幅に減少。鮭定置網にはブリが大量に入っている。秋刀魚の漁場が遠くなり、水揚げは大幅減。スルメイカも獲れない。もちろん乱獲によって資源量を大幅に減らした魚種は少なくない。しかし、この秋鮭・秋刀魚・スルメイカの不漁は海水温の上昇等の自然条件に拠ってもたらされたことは間違いのないところだろう。今秋は日高から道東沿岸に赤潮が発生、鮭やウニが斃死するという前代未聞の事象に遭遇し、道はその対策に追われている。

 漁業はその生産基盤を海洋に依存し、その変動に必死に適応して、日々の糧を得る産業。でもかくも変動が激しくては、企業体としては対応しきれない。切にそう想う。一方で市場では自然条件の影響がより小さい養殖魚の割合が増加している。尤も養殖魚の生産でさえ台風や高水温の影響を受けるのだが。

 とまあ、そういう訳で、不漁で暇だと無力感に苛まれ、ろくなことを考えない訳であります。そんな時にまた鈴木大拙の本を手に取る。もう一節紹介しましょう。

「自由はその字の如く(自)が主になっている。抑圧も牽制もない、(自=みず)から、または(自=おのず)から、出てくるので、他から手の出しようのないことの義である。天地自然の原理そのものが、他から何らの指図もなく、自(おのず)から出るままの働き、これを自由というのである。」

 まあ、そんなこと言ってもねえ、とも思う。でも、ちょっとほっとする面もありますね。今日は抹香臭い文章となってしまいました。それでは。

歩歩歩

 当地釧路では秋の不安定な天気が続いています。前に鯨が獲れたのは何と2週間も前のこと。そもそも僕を含めて陸上組は、捕獲の報を受けて動き出す仕事。船が働いていれば、その操業状況を聞きながら、捕獲の報を待つ生活です。台風の影響が出る前は数日鯨の発見のない日が続き、ヤキモキ。もう少しで目標の頭数に達するのに、と失望もする。9月下旬からは船は全く働けない。ヤキモキさえさせて貰えない。絶望感に苛まれる。でも、この気象ではどうにもならぬ。そもそも気象には戦える余地はないのだ。絶望はしんどいので、雨が降っていなければ散歩に出る。

 全国的に10月1日に緊急事態宣言が解除。市場の皆さんに拠ると、大半の職場が「夜の外食・飲酒」の原則禁止令を解除していないそうだ。確かに職場で感染者が確認されれば、大騒ぎになることに変わりはない。我が職場でも釧路市のご厚意で一回目のワクチン接種をさせていただいたばかりであり、事情は同様。有効な治療薬でも開発されて、コロナがインフルエンザと同等の感染症にならないと、「以前の状態」には戻り得ない。否、そうなっても、ここ2年間の大きな生活様式の変化に拠って、人々の生活様式は「以前の状態」には戻らず、何らかの変質がなされる可能性は大きいと思う。コロナ禍は不自由と共に、個を孤立させることで、その生活に自由をもたらした面もあった様に思うので。例えば以前必死に走っていた人々がゆっくりと歩き始めたり。良かれ悪しかれ、人間社会はかくしてゆっくりと変わっていくものなのでせう。

 絶望の淵から這い上がるべく、とりあえず散歩に出る生活が続けています。歩けば、精神状態は改善する。これは僕自身が悪戦苦闘の中で身に付けた習慣(=治療方法)。とりあえずは疲弊した繁華街を歩く。店の名前にも結構笑えるものがある。「炉端銀座」とか「スナックエンドレス」とか。かつて足繁く通っていたラーメン屋さん「山鳥」の看板を見るのも愉しい。閉店したら看板は撤去するのが筋なのかもしれないが、それがそのまま残っているのもなかなか愉しいものだ。八戸では「お帰りなさい」というとっくの昔に閉店した居酒屋さんの看板に妙にこころを引かれた。そういえば、館山で「歩歩歩」という看板を見たことがあるが、我が現況を妙に正確に言い当てている様で苦笑。「さんぽ」と読ませるのだろうが、「歩歩歩」では一向に前に進んでいる感じがしない。そう「歩けども、歩けども、前に進まず、じっと手も見る」っていうのが我が現況である。当地はかつて石川啄木が新聞社に雇用され、数か月間専ら豪遊した街。多くの碑文が立つ。とんでもない短歌も残る。

 繁華街から久寿里橋を渡り鶴ケ岱公園に向かう。かつてゲートが傾いて崩落寸前なれど、1軒のみおばちゃんが居酒屋をやっていた久寿里横丁はさら地になっていた。公園の紅葉は特に晴天の日に美しい。若干の寂しさを伴うが。昨日は大きなエゾシカが公園内を闊歩していることに驚いた。鮎川のニホンシカより数段大きい。そう言えば、春には陸奥市街でカモシカを見た。陸奥のカモシカには名前が付いているらしい。

 博物館経由春採湖の岸辺を歩いて弥生町へ。米町・弥生周辺は釧路発祥の地で、最近とある雑誌で「元町地区」と表記されている。地元の人々に拠るとかつて「元町」という地名を使ったことは無かった由。多分横浜の元町をもじっての地名であろうが、この地域をこうして紹介する人々がいるのは嬉しいものだ。ただ「湘南に似ている」というのはどんなものだろうか?僕に言わせれば、「湘南なんかよりずっといいところ」ということになるのだが。「ジブリ坂」と命名された坂を探すが、その坂はかつて何度も歩いた坂であった。緑豊かな坂で、閉店したロシア料理屋なんかもあって確かに洋風な雰囲気がなくもない。背後に海が見えて、なかなかいいところである。僕もついついこの3日間毎日この坂を歩いてしまった。
釧路は夕日の美しい街として知られ、多くの人々が幣舞橋でカメラを構える。でも僕は弥生町から見える「家屋をシルエットにした夕日」が好きである。また寂れた南大通りが街灯で照らされる風景を高台の寺院から眺めるのもなかなかのものだ。

 南大通りに降り、ラスカベツで紅茶をいただく。一昨日はダージリン、昨日はアッサムのミルクテイ―。大きなポットで紅茶を出してくれる。主人とのお付き合いももう10年以上にもなるだろうか。落ち着いた空間でゆったりと過ごす。昨日は松浦武四郎が摩周湖に行っていることを教えて貰った。

 てな訳で絶望の淵から這い上がる為の作文でありました。され、これからまた散歩に出ましょう。今日は紅茶のラスカベツさんは休店。現況では一日2食。場所は限定されるが、愉しく、でも慎重に飲み食いしたいものです。それでは。

とりとめもなく書く。

 今日は小雨。船は働けず、休日。ゆったりと朝食を摂る。やはりエクスプレッソは格段に美味しい。ただ飲み過ぎると胃にこたえる様だ。秋の気候は定期的に好天と悪天が入れ替わるもの。仕方ない。明日からはまた働けるだろう。

 アフガンのタリバン政権が国連に国家としての承認を要請した由。「タリバン」と聞くと、物故した大先輩が髭面のMさんを「おいタリバン!」と呼んでいたことを思い出し、ついつい笑ってしまう。不謹慎かなあ。でも気を使って書いたところで事情が好転する訳でなし。今日は不謹慎を承知で思ったことを書いてみようか。その方が書いていて愉しそうだ。

 今秋は朝日新聞OBでアフリカに詳しい松本仁一さんの著作を愉しんでいる。大戦後アフリカ大陸にて多くの国家が独立を果たしたが、その実態は酷いものが多い。新しい国家元首は独立後も豊かな資源の開発・生産を継続する多国籍企業の支払代金を平気で自分の懐に入れてしまう。その「金蔓たる資源」を巡って内戦が勃発する。武器商人を通して大量の銃器が外国から流入する。平穏な生活を送っていた集落がゲリラに襲われ、虐殺が行われる。生き残った少年少女は銃器を持たされてにわかゲリラ兵となる。松本さんは16歳でゲリラ部隊長の愛人兼兵士となった女性を取材している。反政府側が政権を獲っても事態は変わらない。ケリラの親玉のお目当ても、やはり「金蔓たる資源」なのだから。

 そもそも国家と言っても、その国境線は旧主国が植民地分轄の為に勝手に引いたものである。国内には、或いは2つの国の国境に跨る形でも、多様な部族が混在している。人々は「部族の一員」といったアイデンテイテイーを持つが、国家の国民といった意識は薄い。そんな状態だから、国家元首は自分と仲間の住む首都のみ平穏であれば問題ない。社会主義政策の美名の下、農民は食料を低価格で強制的に国家に買い取られ、辺地では飢饉が発生。首都では潤沢に食料が流通している。こんな「百害あって一利なし」の国家なんて、そもそも不要ではないか。

 その点アフガンは文明の十字路に位置する地域なので、歴史的には国家統治の経験自体は(流動的とは言え)長い。しかし「山の向こうは別世界」といった地縁的結合の強いお国柄で、かつ多民族国家。それぞれの民族は国境を接した隣国に同じ民族(仲間)が生活している。やはり国家統治の難しいお国柄なのだ。最近のタリバンによる国家統一の後には、イスラム国ゲリラによる自爆テロが頻発。そもそもタリバンもイスラム国も「イスラム原理主義」で考え方は似ているのではなかったかしら?でも、そうですね、特別な事情でもない限り、パシュート語とかダリー語を話すアフガン人と、アラビア語を話すイラク・シリア出身のアラブ人が仲良く共棲する筈はないか、と納得。

 うんざりする様な話になってしまったけど、とにかくまずは治安の維持!民主主義はともかく、とりあえず人々が「余程のことがない限り、殺さること、暴力を振るわれることはない」と信じ得る社会状況を実現する必要がある。それに尽きると思います。本当に言いたかったことはこれだけです。雨もあがった。もううんざりする書き物は止めて、散歩に出ましょうか!

 でも、やはり最後に少しは愉快(でも結構不謹慎)な話を紹介しましょう。松本仁一さんはケニヤのマサイ族のことを書いています。マサイ族は「神はマサイを選んで牛を預け賜うた」と信じ、牛を襲うライオンを槍で仕留められないと一人前の男と認めない部族。数字は指の数(10)までしか数えられないが、500頭の牛全てに名前を付け、それぞれの日々の健康状態まで把握している、信じられない様な能力を持った人々だ。大航海時代以降に新大陸に奴隷として輸出すべくアフリカにて拉致された人々の数は少なくても1千万を超えるものとされる。但しマサイ族はその勇敢さが故に、拉致する側が諦めたらしい。その結果、マサイよりも内陸に住む人々は、拉致されないで済んだ、とのことだ。将にアフリカの「誇り高き部族」と言っていいだろう。但し、実生活においては困ったことも多いらしい。マサイは「神はマサイだけに牛を与えた」と信じているから、他部族が飼っている牛は当然の如くマサイによる略奪の対象となるので、トラブルが絶えないらしい。加えて政府は学校教育の問題もあって、遊牧生活から定住生活への移行を奨励している。しかし、マサイの住むサバンナは農耕には向かず、まともな農産物は出来ない。その結果定住した人々は食えずに都市に流入。都市での新しい職業だが、男性は強盗、女性は売春ということになってしまうらしい。という訳で、この辺でこの厄介な作文をやめましょう。それでは。

(追記)釧路川沿い、海岸を散歩。ノルマルルートで約1.5時間。知人町にて馴染みのキツネたちに会ってきました。

失言を愉しみたい!

 このコロナ感染者の急増、緊急事態宣言の頻発に拠る欲求不満に拠るものか、特にこの夏あたりから報道の映し出す「世相」が何とも刺々しいものになったと感じた。そもそもこのコロナ禍、その発生原因は不明故に措くとすれば、誰が悪い訳でもない。ただこのウイルスに感染すると結構高い確率で重症化し、時に死に至る。さらにその感染力は非常に強く、瞬く間に世界中に感染が広がることが問題なのだ。

 各国政府はその感染を予防して感染速度を下げる施策を打ち、日本では頻繁に緊急事態宣言がなされ、人々の「普通の生活」を破壊する。人間という生き物は他者との関係において生きるもの。「他者と会って話すこと」を制限されると、その精神の安定に支障を来すことが多いのだと思う。このコロナ禍は国を問わず人間社会全体を襲っているもの。誰かを非難して問題が解決する訳でなし。人類は連帯してこの危機に立ち向かうべきであろう。そしてまずは自分自身が住んでいる国の中で、このコロナ禍に連帯して対処する姿勢を採るべきだと思うのである。

 夏のオリンピック前からの刺々しい「空気」に嫌気がさし、上述の様な感想を持った次第であるが、最近その「空気」の変化を実感している。国会は久しく開かれていないから、政治家の「失言」は発生しにくい。菅首相が総裁選出馬を断念したからか、政府のコロナ対策に対する批判も減少。何よりもコロナウイルス感染者数がとりあえずは減少傾向にあることも、その主因であろう。自民党の総裁選挙立候補者が決まり、その主張がメデイアを通じて紹介されているが、各候補者の言い分は比較的温厚なもので、失言は発生せず。最近では「失言」とかSNSの「炎上」といったニュースが大幅に減った様に思う。

 「失言」や「炎上」は概して不愉快なものが多いが、実は僕には「お気に入りの失言」がある。遠い昔の長野オリンピックの前のことだが、当時の長野県知事はスピードスケート競技について「ミズスマシがグルグルと回っているのと同じで、観ていて退屈である。」と発言したのだ。スケート選手の動きをミズスマシのそれになぞらえるとは!ただ「言い得て妙である。」とも感じられ、大いに笑った記憶がある。その後知事はスケート連盟に対して謝罪し、とりあえず事件は治まった。当時も「五輪終了後の競技施設の用途=五輪の負の遺産」といった論議はあった。大きな負担を背負う開催県の知事として、厭味のひとつでも言いたかったのではないか?僕はそんな風に思っていたのだ。

 この何とも牧歌的な「失言」が懐かしく、僕はネットでその知事のことを調べてみた。評判は今一つといったところか?件のミズスマシ発言は正確には「水すましのようで、見ていてつまらないね。」というものだった。五輪の関係で国土(西武グループ)との癒着が疑われたこと、知事在任期間は20年に及び知事の退職金受給額歴代一位なったこと等が紹介されており、あまり愉快な話は見当たらなかった。

 それでも、花形のジャンプ競技の日に厳しい交通規制を施いた影響で、多くの観客が競技開始時間に遅れたが、組織委員会の非は一切認めず(但し後に民事裁判で敗訴)。「ジャンプは遠くからでも見える!」と発言したとか。この失言も、まあまあ、といったところですね。それでは。

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