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外房捕鯨株式会社

千葉県和田浦の捕鯨会社からのプレスリリースです。

雨の網走より。最高気温15℃也。

 久しぶりに書きます。当地網走は雨。北の風強く、本日の最高気温は15℃の予想です。先日網走川河岸を網走湖まで歩きましたが、街路樹のナナカマドは一部が紅く色づいていました。また南の風が吹けば気温は25℃程度までは上昇する予想ですが、オホーツクの街は内地のお盆期間の夏祭りを終え、このまま秋に入ります。

 お盆を故郷の外で過ごすのは久しぶりでした。サラリーマン時代はお盆は山に入っていたが、ここ十数年は欠かさずお墓参りをしていた。自分自身が齢を重ねてきたこともあって、親しき人々が鬼籍に入ることがあった。今回は元網走市助役のSさんのお宅を訪ねる予定です。Sさんとは昔の捕鯨関係のカナダでの会合でご一緒してすっかり懇意になり、3年前の網走での捕鯨サミットで再会。和田浦からの来訪者全員を歓待していただきました。昨年より網走調査が開始され、「毎年会える!!」と楽しみにしていましたが、一昨年に逝去され、その報を昨春網走にて接しました。先日行った床屋さんが、たまたまSさんの通っていたお店でして、店主さんに整髪して貰いながら、故人を偲びました。

 終戦の日はNHKの「ノモンハン事変」の番組を視聴。司馬遼太郎さんは、著書「この国のかたち」の中で「美しい日本史の流れの中で、異胎の時代としか思えない日露戦争後から太平洋戦争敗戦の間」の象徴的な事件と位置付けています。番組では関東軍の装備(武器)の貧弱さについて詳細な説明はありませんでした。司馬さんは「にわか陸軍将校」だった為か、タンク(戦車)の「外見は立派だが、鉄板の強度を欠き、ロシア(ソ連)のBT戦車の弾丸が容易に貫通してしまう代物」と具体的に書いていた記憶があります。番組はドキュメンタリー形式ながら、結論としては関東軍参謀や東京の参謀本部の無責任さを糾弾する内容のものであったと感じています。

 一方で(兵士や戦場に住む人々の生命の尊さ・痛みを綺麗サッパリ捨象して)「日本国という国家を守る」という論理のみで物事を考え、その目的達成の為に作戦を考案し、それを実行せしめることが参謀の役割と考えれば、彼らのしたことは(荒唐無稽とさえ言える大失敗が多く報告されているが)必ずしも不正なことをしたということにはならないものと、今更ながら気づきました。ただ戦争は、覚悟はできているとは言え兵士にとっても、無論戦場に住む人々にとっても、地獄以外の何物でもないことは自明なこと。軍隊の司令官(上官)は、自軍の兵士の、敵軍の兵士の、戦場に住む人々の生命と生活をどう扱うか?この問いかけに全うに答えることは出来るだろうか?この答えを考える前に、「戦争は止めましょう。」ということになりますね。

 この時期になると、物故した伯父貴の言葉を思い出します。海軍兵学校卒で戦中は駆逐艦の魚雷長として従軍。沈没した軍艦から泳いで命をつなぎ、戦後大学に入学・卒業し、海運会社に勤務。会社の先輩には当然(入社年次の早い)年下の社員がいる訳で、ある年下の先輩が酒の席で「Sよ、貴様は会社の為に死ねるか?」と問うた。伯父貴は「死ねない。」と答えた。そうしたらその先輩が殴ってきたので、逆に殴りかえし、馬乗りになって胸蔵をつかんで揺すり「てめえ、死ぬっていうことがどういうことかわかってるのか?」と言ったとの由。まさに修羅場を潜り抜けてきた、生き血の通った人間の言葉。その言葉との比較で言うと、まあ戦後相当な時間が経過して老齢となった故に仕方ないと言えるかもしれないが、元参謀の「昔を懐かしむ様な明るいあっけらかんとした言葉」にはうんざりします。

 伯父貴は全く戦争の話をしない人であったが、僕と同級の息子(我が親しき従兄)がいて自宅に頻繁にお邪魔させていただいた故か、上述のような話をしてくれました。とにかく強面であったが家族愛が強い人で、兄弟は勿論(物故した後に美談がボロボロと出てきました)、僕ら甥・姪の面倒まで一括してみてくれた伯父貴でした。生前は孫のK君には戦争のことを話していたと聞いています。

 「国家を守る為の戦争」。日本列島は地理的・歴史的には大陸から隔離された環境におかれた為、我々日本人は概して「国家を形成しやすい性質」をもっているものと思います。その国家を、現行の法制度の下でどう運営していくのか?特に他国による侵略のリスクにどう対応するのか?先の戦争と言うには、随分と昔のことになったが、引き続きあの戦争はそういった問題を問いかけているものと考えます。
 
 なお、上述のドキュメンタリー番組の視聴中に眠気に襲われ、必ずしもよく視聴出来ていなかった面はあります。その点はご了承いただきたく思います。なお、その後のNHK番組845で、「根室プロレス」なる(多分ボランテイアの)プロレス団体が士幌町の小学校の閉校式に呼ばれて、プロレスの興行をし、そこでは(最後の)校長先生がリングに上がったり、「アンドレザジャイアントパンダ」なる身長3メートル近いパンダの着ぐるみを付けたレスラーが登場したりで大いに笑いました。「アンドレザジャイアントパンダ」は、一人で移動するには着ぐるみが大きく重過ぎて、リングへの入場も退場もノロノロとして、遅々として進まず。それが何とも可笑しい。やはり平和はいいです!尤も平和が故に「プロレス」なる(少々いかがわしい?)戦いの興行が行われるのかもしれませんが、、、。それでは。



 

パワハラとセクハラとパンツ

 当地網走では時折雨のぱらつく高曇りの天気ですが、気温は20℃前後。何度も書きましたが、オホーツクの夏は終わりました。内地の太平洋岸では軒並み最高気温35℃前後の猛暑日の様でして、何だか申し訳ない気がしています。網走入りして以来、結構忙しいな日々を送ってきましたが、ここ数日の時化で時間的な余裕が生まれ、残務を片付ける時間も頂き、今では比較的落ち着いた生活を送っています。

TVではボクシング協会の会長の進退問題で大騒ぎ。会長の発言を聞いていると「自我の肥大化」という傾向を感じざるを得ません。誰もが「こりゃあ、まずいでしょう。」と感じているのではないかと推察します。だったら「辞任して貰えばいい。」「民主的な組織に変えればいい。」とうことになるが、それで事態が(何らかの目的をもって設立された組織の機能が)改善されると言える程に物事は簡単ではない。「しっかりした組織=官僚的な組織」という訳で、それでは思い切ったこと、時には本当に必要なことが出来ないことがある。さらに「民主的組織」というのも、その運営自体に大変な手間がかかる訳で、合意の形成が面倒だから、「反対意見が出る様な思い切ったことは止めておきましょう。」となることは、多くの皆さんが経験していることかと思います。故に、「しっかりした(官僚的な)組織を民主的な手法で動かし、よりよい結果を得ること」は非常に骨の折れる、とても難しいものなのでしょう。そしてそこに、この1年間(主としてスポーツの世界で)頻繁にTVに登場したパワハラの実行主体たる「自我を肥大化させた人々」を生むスペースが生まれる。概ねそんなことなのではないか、と考えています。

 そう言えば、先日の網走での会食の席で、僕は同席していたFさんより「Sさん、あの発言、東京だったら、ひょっとしてセクハラ発言ですよ!」と(満面の笑顔で)言われました。事の経緯を話しますと、その会食のメンバーは一応は面識はあるものの、今まで比較的静かな会議に同席していただけで、親しくお話しした経験がある訳ではなかった。そんなこともあってか、乾杯の挨拶が終了しても、どうもその場が盛り上がらず、僕なりに気まずいものを感じていました。そんな中で少しは場を和ませそうなことでも話さねばならぬと感じ、こんな発言をしました。「Sさん、洗濯物をどうしてる?僕は一度も洗濯をしていないので、とうとうパンツが在庫切れですよ。明日からはパンツを裏返しにはいて、しのぐしかないですよ!」と。

 という訳でして、少々お下品であることは否めないところですが、この程度の発言がセクハラに該当するのかしら?ネットで調べてみたところ、セクハラの定義は「相手の意思に反して不快や不安な状態に追いこむ性的な言葉や行為」との由です。故に上述の僕の発言の中の「明日からはパンツを裏返しにはいて」の部分が、「同席の人々を不快や不安な状態に追いこむ」性的な発言であったがどうかが問われることになりそうです。その席には女性が2名おられましたから、そうだ、直接彼女たちに聞いてみましょうか?否、駄目だ、もし上記発言がXだったら、それがOかXか女性に聞くこと自体がX(セクハラ行為)になってしまう恐れがある。よくよく考えてみれば、「パンツが在庫切れ」という言葉自体も怪しいし、そもそもパンツという言葉(物)自体、性的なニュアンスで使われることのある言葉と言えそうだ。ならば「あくまで慎重に」ということにすると、「パンツ」という言葉自体が使えなくなってしまう。これじゃあまるで言葉狩りだ!尤も僕は今回このブログで相当回数「パンツ」という言葉を使ってしまったけど。

 でもまあ、僕は「これはこれでよし」としたいと考えます。要するに「場を少し和ませようとしての発言」でもあった訳だし、僕は自分自身の使用済の汚れたパンツの在庫と、(8月に自宅で洗濯した後は未使用の)残り少ない綺麗な(?)パンツ在庫のことについて発言した訳で、他者のパンツについて云々した訳ではない。法律は守られねばならぬが、そもそも法律というものは、この日本社会において概ね暗黙の了解とされている事項(社会通念)を、言葉を使って表現したものとも言える。要するに「自分なりに社会通念上問題がない」と思う範囲内で発言すればいいのだ。誰もが(いくつかのホットな話題となっている事象を除き)「法律に基づいて、それを意識して」生活している訳ではないのだから。そんな料簡で生きていく中で、うっかり法律に反したことをやってしまった場合は、そこそこの言い訳はさせて貰った上で謝罪し、その後はそれを改めればいいのだ。そんな感想をもっています。

 上記のセクハラ論議では、「パンツ」という言葉を発すること自体が、「同席の人々を不快や不安な状態に追いこむ」性的な発言かどうか、を問題にしましたが、その中で極めて頻繁に「パンツ」という言葉を使う結果となってしまいました。その点を謹んでお詫びを申し上げることと共に、今後皆様を「不快や不安な状態に追い込むこと」がなき様に留意しつつ、また何か書きたいと思います。それでは。



8月16日まで太地町にて西野嘉憲さんの写真展「房州捕鯨」が開催中。

 和田浦くじらゼミの世話人である写真家西野嘉憲さんが、現在和歌山県の太地町の石垣記念館にて写真展「房州捕鯨」を開催中です。この写真展では西野さんの写真集「くじらと生きる」に紹介されている写真等24葉をA1サイズの大判で鑑賞することが出来ます。この写真展は本日8月9日から8月16日まで、毎日9時から16時半の間入場可です。入場料は無料となっています。

 なお、この太地町での写真展の開催に合わせ、8月11日(土・祝日)14:00からは人類学者の竹川大介先生が「イルカ漁をめぐる軋轢と村人たちの知恵」と題して、ソロモン諸島のイルカ漁のお話。8月12日(日)14:00からは西野さんが「沖縄の潜水漁・奥飛騨の熊猟・南房総の捕鯨」と題して、撮影された様々な狩猟・漁労活動の画像を紹介しながらのお話を、「トークイベント」という形で実施します。

 西野さんは日本の伝統的な狩猟活動の写真と文章という形式で、記録に残すことをライフワークとしている写真家です。現代社会は有史以前からの人類の歴史を俯瞰すれば、明らかに工業・農業社会と言えそうです。狩猟や漁労はは既に極めてマイナーな営みと言えそうですね。そこに近年情報化という大きな波が打ち寄せ、工業も農業もその情報化の波に何とかうまく乗ろうと努力している。狩猟や漁労の中にもそういった努力がなされている事例は散見されるものの、やはり狩猟や漁労の現場である野生の自然の力は圧倒的であり、その情報化の波に乗ることはなかなか難しい。

 簡単な事例を紹介すれば、定置網にはどんな魚が入るか朝網を揚げてみなければわかならないし、海況が悪い日や潮流の早い日は全く魚は獲れない。一方で魚類の養殖池からは、概ね同種類の一定の品質・サイズの魚が概ね顧客の注文通り、供給される。故に、売り場としては養殖魚の方が扱いやすい。そんな世の中になりつつあります。

 一方で、狩猟や漁労の世界には捨て去り難い魅力があるのも事実。早い時期に産業化された欧州において、ジビエという食習慣が高級感のある食文化として残っているのも、そんな不思議な魅力に拠るものなのではないか、と考えています。

 という訳で、もしお時間があれば、この写真展の機に、是非太地町を旅してみてください。太地町立くじら博物館は江戸時代の古式捕鯨の様子を伝える日本一の博物館ですし、太地は温泉や美味しい魚介類にも恵まれたところです。もし8月11日(土・祝日)14:00からの竹川大介先生の、又は8月12日(日)14:00からの西野さんのトークイベントに合わせて来訪出来れば、より充実した旅となることは請け合いです。これらの詳細については、以下の「続きを読む」の部分に西野さんの発行したプレスリリースの一部を添付しますので、太地に行くあてのある皆さんは是非御覧ください。尤も太地は遠いですけど。それでは。





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雨天なり。

 今日の網走は久しぶりの雨天。静かな涼しい朝を迎えています。内地では自転車並みの低速台風の通過で大騒ぎではありますが、、当地はオホーツク海という閉鎖海域沿岸の街なので、全く別の気象です。知床の連山と千島列島が壁となって、太平洋の台風由来の大波・大風を防いでいる様ですね(一方釧路は太平洋岸の街なので、その影響を受けます)。職場からは海の向こうに知床の山脈を望めますが、齢18の僕が札幌の大学に入学する前の3月、二つ玉の低気圧が知床半島を通過して豪雪と強風をもたらし、同山域にいた登山者を襲い、大きな遭難事故を引き起こしました。今こうして網走にて毎日天気図と睨めっこをしていますと、この地域の地形としてそれに由来する気象動向が実感として理解できるような気がしますね。「オホーツク海の静穏は知床の山脈に拠る」。そんな感を強くしています。

 それにしても、今夏既に数回内地を襲った台風。その被害もさることながら、その頻度に驚かされます。本来房州のツチクジラ漁は梅雨明けからお盆までが伝統的な(?)漁期ではありますが、今年の場合は6月に一度台風の影響を受け、7月には台風が2回。さらに8月は長期間に渡り台風の影響を受け続けているのが実態ではないか?尤も捕鯨船は7月下旬からオホーツクにおり、その影響を受けていませんが、、、。いずれにせよ、南方海域の高水温は定着化しており、水温が高ければ確実に台風が発生する。台風の影響が出始めれば、捕鯨船は1週間の単位で働けない。確かにここ5年程の期間、僕の記憶では7月下旬以降に台風の影響で働けなかったことは何度かあったし、8月のお盆過ぎ至っては捕鯨船が働ける海況にあったことは一度もなかった様な気がする。どうやら仕事上「8月は台風の季節」と見做しておく方が無難なのではないか?そんな気がしています。引き続きこの8月の内地の気象を注視していきたいと考えています。尤も人間(捕鯨船)にとって都合のいい時期にツチクジラがいてくれるとは限りませんが、、、。

 僕の幼少時の「台風」の印象は、田が黄金色に色づく9月頃、或いは稲藁が田んぼに小屋状に積まれる10月頃のそれでした。故に、台風というものは秋のものであって、時には残暑をもたらすものの、今年の様な連日の猛暑とは無縁なものであった。そうですね、やはり印象としては、どちらかと言えば涼し気なものですね。そのな心象のドンピシャリの井上靖さんの詩を以下紹介しましょう。


「十月の詩」 井上靖 作

はるか南の珊瑚礁の中で 
今年二十何番目かの台風の
子供達が孵化しています   
やがて彼らは石灰質の砲身から
北に向かって発射されるでしょう   
その頃 日本列島は おおむね月明です   
刻一刻と秋は深まり どこかで 
謙譲という文字を少年が書いています


上記の詩に中の「石灰質の砲身」とは南方海域のサンゴ礁を示す、美しい言葉ですね。また「謙譲」という言葉を、恐らくは縁側に薄と団子が供えられた十五夜に、月明りの漏れ入る部屋で、毛筆で(つまり習字の稽古で)少年が書いている風景はとても美しいものと感じます。僕の生家では十五夜は二階の物干し場へ登る台の上に、薄と団子が供えられていたので、どうしてもそのイメージが重なります。山に薄を調達に行くのは子供の仕事でした。尤も秋の植物としては薄よりも彼岸花の方が好きだったかなあ。縁起の悪い花であるのは知っているが、夕暮れ時のあの花のもの悲しい風情は、やはり何とも美しいものと感じていました。

 おっとおっと、少々無駄話が過ぎました。僕の方はオホーツクの穏やかな涼しげな雨天の下、久しぶりにゆったりとした朝を迎えています。移動やら当地での仕事やらで手のつけられなかった残務の整理をぼちぼちと進めていきたいと思います。そうですね、忘れ物を思い出した様に、、、、。それでは。また書きましょう。

オホーツクの夏は終了した模様。

 オホーツク海岸の網走に入って以来、今日で3日目。我々は「北へ行けば涼しい空間が広がっている筈」と期待して、酷暑に内地を後にした次第でありますが、さにあらず。一昨日・昨日と30℃超えの暑さを味わうことになりました。当地では一般に空調設備は貧弱でして(それはそれで合理的と言えそうです)、何処に行っても暑くてうんざり。それでも、今日の午後になって海風が吹き、昨日までのあの酷暑が嘘の様に解消されました。涼しきかな!日差しは相変わらず夏の眩いばかりのそれなのに。明日は最高気温が24℃で最低気温は20℃割れ、その後は最高気温が20℃前後の予想。かくしてオホーツクの短い夏が終わろうとしています。

 夏の「和田浦くじらゼミ」の影響で鶴見良行著「ナマコの眼」を購入。これを読みながら、ここオホーツク海の歴史をつらつらと考えています。オホーツク海北西端(樺太北部の西対岸のロシアの沿海州)には大河アムールが流れ込みますが、そのあたりの海は極めて浅い。故に河口域の海水の塩分濃度が低下し、冬季はシベリアの寒気がその水を凍らせる。そしてその氷は海流と風に乗って、遥か知床半島の北西岸から網走・紋別・枝幸といった北海道北東岸の街の海岸を覆いつくす。これがいわゆる「流氷」ですね。流氷はアムール河の養分をこの海域まで運び、この海に豊饒をもたらしている。尤も、北海道の大切な産品である昆布は、流氷が昆布の根を削るので、この地域では生産されていない様です。利尻昆布は有名なブランドだが、恐らくは流氷があの狭い間宮海峡を通過して流れてくることが少ないので、利尻島の昆布の生産が盛んなのかしら?そんなことをつらつらと考えることは愉しいものですね。当地にはオホーツク文化を紹介した北方民族資料館もある由。折を見て見学に行きたいと思います。それでは。

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