外房捕鯨株式会社

千葉県和田浦の捕鯨会社からのプレスリリースです。

往く年来る年

  この年末は何やらあわただしく、年内に済ませようと思っていたことに結局手がつかず、大晦日を迎えました。まあいいや、年始の休みの内にやればいい。そんなことで、今晩はそんな面倒なことは放擲し、のんびりとテレビを見ながら平成26年最後の夜を過ごしています。まあ、のんびりしようかと。「ゆく年来る年」を見てから眠ろう。

 聖書に「今日できることを明日に引き延ばすことなかれ」という一節がありますが、僕の場合は「明日できることを無理して今日することはない」との流儀で過ごして来てしまったし、それはなかなか変えるのは難しい様です。尤も決定的にまずい状況に陥る前に何とか乗り切る。そうでなくてはなりませんね。

 元旦の朝、当地は曇りの予報。雨が降っていなければ、いつも通り犬を連れて海に向かって歩いてみよう。それでは、皆さん、今年は大変お世話になりました。よい年をお迎えください。

12月28日(日) 勇魚(イサナ)朝市 開市

 年の瀬も押し迫り、何だか落ち着かない日々が続いております。結構寒いですね。最近は朝6時半頃に散歩に家を出ますが、西側に背負った山の端が薄い橙色に染まっている。11月早朝の染まり具合よりもさらに繊細な色です。そう言えば月初めの朝にはその山の端に有明の月がかかっていた。習慣的に朝同じ様な時刻に歩き始めますが、風景は季節によって、天気によって微妙に異なる。時に普段気に止めていなかった風景(構図)が驚く程に美しく感じられることもあります。既に冬至が過ぎ、これからまた少しずつ日が長くなる。年末は久しぶりに遠出する予定でしたが、事情があって在宅することになりました。そうですねえ、年末年始の和田浦をじっくりゆったりと歩いてみよう。そんな気になっています。

 さて、12月28日(日)の朝7時から約1時間開かれる、今年最終回の勇魚(イサナ)朝市。特別なことがある訳ではありませんが、通常通り午前7時から1時間程度開市します。予報によると、天気の方は大丈夫そうです。

 今回、弊社外房捕鯨(株)は、「鯨の立田揚げ」を現場にて油で揚げ、販売します。自宅で立田揚げを食べたいお客様向に冷凍の味付け肉も販売する予定です。

 鮮魚の方は、前回13日は船の入港が遅れて販売出来なかったが、28日は是非販売したい。そんな訳で、前日の土曜日、そして間に合えば当日の日曜日にも魚を仕入し、販売する方向の様です。尤も、鮮魚販売は本質的には天候次第・海況次第・潮流次第・魚次第・漁師次第ということでありまして、そういったものとご理解下さい。

 その他、地元の切り花、野菜、正月用のお飾り、焼きそば、クスノキとじんざさんのお弁当が販売される予定です。

 和田浦の様な田舎において、GDPにカウントされない地場産品の交換の量を増やしたい。そして、ささやかな生産・交換の活動を地道に行いながら、近場の人々と親交を結び、お互いの「元気」も含めて交換したい。28日は勇魚朝市へご来訪の程よろしくお願いします。

最後にいつものフレーズ。魯迅の小説「故郷」より抜粋。

「思うに、希望とは、もともとあるものだともいえぬし、ないものだともいえない。それは地上の道のようなものである。もともと地上には、道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ」(竹内好訳)

薔薇シリーズ

 師走も半ば、やはり低緯度海域の水温上昇に起因する偏西風の蛇行の影響で、日本列島上空にシベリアの寒気が流入、爆弾低気圧がこの列島を襲いました。北日本・日本海側ではその影響で豪雪。雨は雨で大変だが、雪は人々の日々の移動を直接的に阻害。北国では大変な苦労をされている様です。一方当地房州では、流石に強い北風が吹き、寒さは厳しくなったが、ささやかな陽光に穏やかに照らされた、静かな冬の日が続いています。

 現在、日本経済新聞の「私の履歴書」に、コメデイアンの萩本欽一さんの文章が掲載されています。僕らは、幼少時にコント55号のギャグに親しんだ世代。その後萩本さんの番組に親しませて貰ったのは、せいぜい「欽ドン」までか。その後の記憶は無い。やはりコント55号! 萩本欽一さんと坂上二郎さんはパッケージ、という感覚が強いです。

 それにして、坂上二郎さんという人は稀代の「ボケ役」だったことは間違いない。横山やすしさんが「動」のボケ役としたら、坂上二郎さんは「静」のそれ、といった感覚があります。そんなことを考えている内に、昔のCMのことを想い出す。旺文社だったか、小中学生向の学習参考書に「薔薇(ばら)シリーズ」というのがあった。今の時代、「薔薇」と書くと、棘のある美しい花という本来の意味に加えて、違ったことを連想。現代では小中学生用の学習参考書の名称として使われにくいですね。尤も当時は、

薔薇が咲いた 薔薇が咲いた 真っ赤な薔薇が
寂しかった 僕の庭が 明るくなった

なんていう唄が流行した時代。そんな違和感はなかったのでしょう。そして、この「薔薇シリーズ」のCMというのは以下のようなものだった。

欽ちゃん「薔薇シリーズを読むとためになるよ!」
二郎さん「そうじゃないでしょう、薔薇シリーズを読むとタレメ(垂れ眼)になるんでしょう。」

 このギャグのどうしようもない馬鹿馬鹿しさ! 坂上二郎さんのあの「たれめ」の笑顔と太めの体躯!そして、大手出版社による「薔薇シリーズ」なる命名。何だかわからないけど、結構笑えますね。「昔のギャグ」が、時の流れの中で、ひと味違った可笑しさを獲得する。恐るべし、昔のギャグの底力!
それでは。

師走の朝 冬立ちぬ

 師走も早半ばを過ぎ、いかにも房州の初冬らしい静かな日々が続いています。ブログを調べてみたら、何と霜月朔日以来一度も書いていないことに気づきました。久しぶりに由無きことを書き綴ってみたいと思います。

 何日のことであったか、終日風雨激しき日があり、その翌朝には凛とした冷気と透明な青空が広がっていた。その朝に冬の訪れを実感。前回「季節の慟哭」という言葉を紹介したが、あの夜半の風雨のざわめきはまさにそれだったのだ。三好達治の詩「冬の日」の一部を以下引用しましょう。

ああ智慧は かかる静かな冬の日に
それはふと思ひがけない時に来る
人影の絶えた境に  山林に
たとへばかかる精舎の庭に
前触れもなくそれが汝の前に来て
かかる時 ささやく言葉に信をおけ
「静かな眼 平和な心 その外に何の宝が世にあらう」

 今朝は犬を連れて海の方に歩き、夏以来久しぶりに「勇魚(いさな)朝市」に行ってきました。山の端は弱い朝日に照らされ薄紅に染まり、やはり「早起きは六文の得」ですね。
この「勇魚朝市」、夏の捕鯨の漁期中は毎週日曜日、今は隔週即ち第二・第四日曜日の朝7時前から約1時間開かれています。随分と前から開かれていたのですが、私自身ささやかながら関与し、身近に感じられる様になったのはこの夏から。夏に「週末は台風が通過しそうですが、どうしましょうか?」と元締めのKさんに連絡した記憶がある。Kさんに拠ると、「事前の決定・連絡は一切せず、出店者の意志(気分?)に委ねる」とのこと。これはこれで、結構洗練されたやり方かもしれませんね。都会から来る皆さんにしても、「朝市があるらしいから、それにでも行って房州の海風に吹かれてこようか」といった感覚の方が多い様だし、天気が悪ければ「やめた!」といった感覚でしょう。恨みっこなしのお互い様の世界、これもなかなか捨て難いものかと思う。

 今朝の勇魚朝市は土曜日の朝刊にチラシが入り、7:15頃には鮮魚を売る、との記述がありました。これは定置網の船が午前6時半頃には入港するので、その水揚げしたばかりの鮮魚を売ろう、との意図であったらしい。ところが今朝に限って一向に船が入ってこない。まあ、網に魚が沢山入っていれば時間がかかるので、朝市の時間には間に合わない。「魚は、売れちゃった?」「いやあ、今朝はまだ船が入ってこないのでダメだ。大漁なんかねえ?」そんな会話があったかどうかは知らないが、まあ漁は水もの、潮次第、海況次第、魚次第。そう納得出来ればそれはそれでいいのかもしれません。

尤も次回の勇魚朝市は12月28日で年内最後の開市となる由。土曜日に鮮度の落ちにくい魚のみ準備しておき、日曜日の朝にうまくいけば鰯か小鯖でも調達し、「魚のつかみ取り」でもやりましょう、ということになりました。28日は正月用品なんぞも売りに出される由。当社外房捕鯨も鯨の竜田揚げか、カツの試食販売をし、今年最終回の「勇魚朝市」に花(?)を添えたいと思います。詳細はこのブログで別途ご紹介させていただきたいと思います。皆さん、是非ご来訪ください。また来年の年始には、朝市発の「和田浦散歩」でも企画しようか。すっかりその気になっている自分を発見しています。

今日は師走の総選挙。朝市を後にして役場に赴き、投票してきました。投票所の厳粛な雰囲気、運営するのは大変なのでしょうが、敢えて大げさに言い方をすれば、それは「民主主義を守ること」に必要不可欠な仕事だと思う。裁判所の調査官をやっている我が畏友の言葉を思い出します。「役人はもっと融通を利かせよ、という言葉をよく聞くが、逆に役人が融通を利かせたら無茶苦茶なことになりますよ。」融通無碍な性質の友人の言葉が故に、これには説得力があった。民主主義と法治主義。人々はこれを空気の如く感じ、これに反する行為に対しては大いに怒る。しかし、これを維持するには膨大な労力を要するのである。今晩はビールを飲みながら、選挙速報の観戦(?)でもしようか。それでは。

(後記)
 定置網の船の入港が遅れたのは、大漁が故ではなく、沖で網の応急修理をしていたことが原因でありました。数百kgの貧漁也。がっかり。

 それと、少々しつこくなりますが、「勇魚(イサナ)朝市」の益々の穏やかにしてとぼけた賑わいを祈念し、この夏にブログに書いた文章を再び以下にコピーしましょう。それでは。28日の朝市については、別途このブログで紹介しましょう。

魯迅の小説「故郷」の最終部を以下、掲載します。これも中学校で学んだもの。市が立てば人が集まる。人が集まれば市が立つ。地道にゆったりとやっていき、「愉快な場」になり、ぼちぼちと人々が集まってくるといいですね。

「思うに、希望とは、もともとあるものだともいえぬし、ないものだともいえない。それは地上の道のようなものである。もともと地上には、道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ」(竹内好訳)

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