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外房捕鯨株式会社

千葉県和田浦の捕鯨会社からのプレスリリースです。

令和元年の和田浦のツチクジラ漁は終了しました。

 昨日11月22日、船は操業しましたが午後になって海況が悪化。今日から月末にかけての気象は回復の可能性が極めて小さい、との判断により、令和元年の和田浦のツチクジラ漁は終了ということになりました。今年も沢山の皆さんのお力添えをいただいて捕獲・解体作業をさせていただき、無事操業を終えることが出来ました。皆様のご厚情にこころより感謝申し上げます。

 今秋は10月1日より秋のツチクジラ漁を開始。その後ミンククジラの残枠を対象に船も解剖員も八戸に移動したものの、気象が悪くミンククジラの捕獲はありませんでした。その後11月に再度和田浦に戻りましたが、ここでも晩秋の海況は厳しかった。10月上旬の好漁の後は度重なる台風の到来もあって、なかなかうまく行きませんでした。それでも、この10月下旬から晩秋にかけての八戸と和田の間を移動した経験は、来年の操業に確実に生きてくるものと考えています。10、11月の動きが慌ただしかっただけに、今では肩の荷を下ろした様な「ほっとした」気分ですね。でも未だ解体場の後始末等の仕事は残っています。皆が無事に自宅に帰り着いて、初めて「今年の漁は終了」となります。最後まで気を抜かずに、事故等起こさぬ様に注意したいと思います。

 本日和田浦では冷たい雨が降っています。今朝TVから「相当に冷えるので、くれぐれもご注意下さい!」という言葉が聞こえてききました。でも、つい最近まで「熱中症にならない様に注意して!」と言っていたのではなかったか?確かに暑いのも寒いのも良いことではないが、日本人が快適と感じ得る温度帯の幅が極端に縮小しているのではないか?そんなことを感じます。

 今日の気温は10℃-14℃程度の予想。本来は快適といっていい温度帯ではないでしょうか?昔と比べれば真夏の最高気温は明らかに上昇しており、熱中症のリスクが高まっているのは明らかですね。一方で最低気温も概ね上昇傾向にある筈でして、無論地域によって事情は異なりますが、基本的には「寒さに拠るリスク」は低減しているものと推察します。また僕自身は学生時代を北の地で過ごしたこともあってか、暑いのが苦手。寒さは厚着すれば何とかしのげるが、暑さは服を脱ぐにしても限界があり、対応が難しいですね。という訳で、要するに、これより房州は静かでしのぎやすい最高の季節を迎えます。

 久しぶりに旧友とメールで連絡を取りました。「暖かくなったら房州に遊びに行く」と言うので、「からっ風の北関東出身の人間が何を言うか!最近は冬が短いので、是非涼しい冬のうちに遊びに来て下さい。」と返信を認めました。

 という訳で、いろいろと有難うございました。このブログの方は従前の「気まぐれモード」となります。今後ともよろしくお願いします。それでは。





本日11月21日船は操業中です。

 本日11月21日、船は操業しています。しばらく気象が悪く、久しぶりの操業です。尤も週末は浪風とも強く、雨が降る予想です。天気図を見た感覚では週末は崩れ冬型(西高東低)。本来「冬型=快晴強風」ということになりますが、どうも南方海域の台風の影響に拠る風浪雨の様ですね。この時期に台風の影響を受けること自体驚きですが、秋の天候は猫の眼の如く変わります。

 そんなことで、陸上の仕事の方は漁待ちで待機する状態ですが、不思議なもので最近房州の定置網にミンククジラとザトウクジラが1頭づつ混獲されまして、当社ではその解体処理を行っています。ザトウクジラは南極海捕鯨の先駆けとしてノルウェーが20世紀初頭に捕獲したことが知られていますが、恐らくは60年以上商業ベースでは捕獲されていない鯨種です。それが定置網に混獲されて市場に流通する訳ですが、やはり市場関係者の間でも極めて馴染みない鯨ですね。肉は綺麗な赤色ですが、味の方は「味も素っ気もない」といった印象。でも逆に言えば、「独特の癖」が故に鯨肉を食べない人々は結構な数存在する訳でして、案外「如何様にも味を調られる食材」とも言えそうですね。

 ザトウクジラは遊泳速度が遅く、その小鯨はシャチのターゲットになり、捕鯨船にとっても獲りやすい鯨種。一方でその繁殖率は極めて高く、「現在では北極海も南極海もザトウクジラだらけ」と指摘する研究者もいます。尤も手羽と尾羽が極度に発達した鯨種類故に、赤肉はいくらも生産出来ません。同じ鯨類でも、種類によって生産出来る部位の量も味も異なる。その見本の様な鯨です。

 それに加えて(北欧の現捕鯨国以外の)欧米史においては、概ね「鯨=油」・「鯨の赤肉はペットフード用の原料には使える」といった程度の認識でした。ザトウクジラの食味自体を云々するのは極めてマージナルな思考と言えそうですね。そう言えば昔アラスカでのIWC会議にてグリーンランドの女性が「グリーンランドの人々は本当はザトウクジラが一番好きなんです。」と言っていたことを思い出します。確かにザトウクジラはセミクジラと同様に捕獲しやすい鯨種。辻褄は合いますね。

 という訳で、今年の漁も最終盤。気を付けて働きましょう。それでは。

明日11月20日は解体はありません。

 本日19日は引き続き海況悪しく船は操業していません。従い明日20日の解体はありません。北方の樺太付近の動きの遅い低気圧の影響の様ですが、21日頃には天気図の等圧線の間隔が緩んでくる予報。この辺がラストチャンスとなりそうですね。

 昨日は東京海洋大学大学院の授業を市役所の会議室を借りて実施。学生7名、内外国人2名ということで今回は英語での授業となりました。僕の「English」ならぬ「Janglish」は日本人には案外わかりやすいのでは(?)、2名の留学生もそこそこ理解してくれるだろう、といった予測をもってそうした次第です。それにしても留学生の増加には隔世の感がありますね。やはり中国経済の拡大がアジア全体の所得を押し上げ、日本に留学生を送るだけの経済的余裕を持つ家庭が増えているのでしょう。

 欧米には日本のそれよりも評価の高い大学が多数ありますから、そこでもアジアからの留学生は増加しているものと思われます。一方で米国はかつては日本人留学生の多い国だったが、かの国の大学は募集定員数と志望者の需給バランスを冷酷に分析し、冷酷な程に高額な学費を請求します。その辺が日本人留学生が減っている原因でしょう。またそれは米国人にも冷酷な訳でして、(実現されてしまった)「格差社会」に対する不満はやはり大きい様ですね。昔の「安定した定職」に就ける人々はごくわずかになっている由(日本にもその傾向はあるようです)にて、多くの若者が不安を抱えている。八戸にて「ジョーカー」なる映画を観ましたが、これが大ヒットしている由です。「ジョーカー」は子供の頃TVで見た「バットマン」に登場する悪役ですが、道化師の化粧をした悪役の高笑いは印象的でした。

 それと大学での「英語」を使った授業ですが、必要に応じて実施されることは悪くはないでしょう。但し、日本人は概ね一生日本語という言語を使って思考を重ねながら生きていくことになります。大学という空間においては、日本語で「研ぎ澄まされた思考」を重ねることが何よりも大切なことだと思います。一方で最近は新興の大企業において「社内においては日本語使用禁止・英語で会話すべし」とする職場があるやに聞いていますが、それには違和感を覚えますね。ほとんどは日本人は日本語で思考します。個の研ぎ澄まされた思考・感性を、「日本語使用不可」として、その表出を妨害するのは愚かなことなのではないか?無論その「研ぎ澄まされた思考・感性」を英語で表出出来る日本人は存在しますが、それは「稀有な存在」と言って支障ないでしょう。日本社会が極端に英語教育を重要視する風潮が強まる程、そんな疑念が生じますね。「言語」は人間という生き物を特徴づけるもの。その機能の本質的な理解を深化すべく鋭意議論を重ねていかない限り、教育の場での英語の扱いは右往左往するものでしょう。無駄話が過ぎました。それでは。




明日11月19日の解体はありません。

 本日11月18日も海況悪しく船は操業していません。従い明日11月19日の解体はありません。

 今朝は結構凄い雨が降りまして、この時期としては気温が高いからなのでしょう、違和感がありますね。流石に暑いと感じることはありませんが、「暖かかったり寒かったり」といった本来の初秋の感覚ですね。

 本日は東京海洋大学の大学院生の来訪を受け、その講義を担当します。それでは。

明日11月18日の解体はありません。

 本日11月17日、船は操業していません。従い明日18日の解体はありません。

初冬らしいもの悲しい澄み切った青空が広がっています。それでもこの時期は概して風強く、なかなか働けるチャンスがありません。今年はこの時期になっても水温が高く、日本列島の南東海域では台風が複雑怪奇な動きをしています。

 房州の丘陵は9-10月の台風で潮(塩分)を浴びた為か、銀杏は既に落葉。生気のない緑と茶色の不思議な色合いですが、朝陽を浴びる風景に既視感のない美を感じます。

 昨日は親族や地域の皆さんのご厚情をいただき、亡父の一周忌の法要を無事終えさせていただきました。時の流れを実感します。それでは。




明日11月17日の解体はありません。

 本日11月16日、船は操業しましたが、捕獲はありませんでした。従い明日17日の解体はありません。

本日11月16日より和田浦のツチクジラ漁再々開!

 しばし八戸にてミンククジラ操業に従事しておりましたが、海況悪しく、また鯨類の発見も少なく、先日切り上げました。残念ながらミンククジラは獲れませんでしたが、来年に向けてこの時期の鯨類の分布や海況等を実際に赴いてみて実感することは一定の意味はあります。

 一方でツチクジラの残枠が4頭ありまして、海況厳しき季節ではありますが、本日11月16日より和田浦にて再々度ツチクジラ漁を再開させます。頑張ってみます。地場の皆さんにとっては「この時期にツチクジラ?」という感覚もあるでしょうが、やると決めたこと、引き続き解体情報の開示を継続します。よろしくお願いします。以上

入浴剤の光と影

 引き続き北の街にて吉報を待つ生活を送っている。尤も晩秋の北の海は風が強く、なかなか働かせて貰えない。宿は漁業者の出入りの多い昔ながらの旅館。毎朝晩美味しい食事をいただき、盛り場から離れているので夜な夜な出歩くことも無し。健康的な生活と言えそうが、生活は単調になりがちではある。

 それでも「昔ながらの旅館」での生活には発見も多い。女将さんの言葉や振る舞いに人情を感じる。齢の所為か改元が故か、最近無意識に己が「昭和の体験」を近年のそれとの比べながら相対化している自分に気づく。
 
 一度に3-4人が入れる程に大きな旅館のお風呂の入浴剤の色と香りが懐かしい。想えば(バスクリーンなる入浴剤の)橙色の粉末を風呂に少量入れるとお湯は黄緑色に変わり、風呂場がえも言えぬ良い香りに満ち溢れるのは子供にとっては大きな驚きであった。友の家でそれを経験し、母親にねだった記憶がある。

 かくして懐かしい入浴剤の芳香と色を楽しみながら風呂に入っていると、ふと思うことがある。そうか、お湯に色を付けることによって、湯の汚れがわからなくなるのだなあ、と。入浴剤はお湯を綺麗な色に変え、麗しい芳香を発し、成分によっては湯冷めを防止する。一方で昔は「お湯を捨てる」なんて勿体ないことはしなかった。家庭でもお湯は銭湯や旅館の風呂と同様に、皆で共有するものだったのである。故にお湯を汚さない様に指導されたものだ。それでも大勢の人々が入浴すれば、お湯は汚れる。実はこの入浴剤の「色」が旅館や銭湯にとってとても有益なものであったのではないか?今回そう思い当った次第である。

 こんなことを書くと、「清潔好き?」の平成世代は顔をしかめて言うかもしれない。「お湯が汚れているのがわからないのは芳しからず」と。いや、そうではないだろう。故事(漁父の辞)に拠り、汚れたお湯で体を温めて足を洗い、清らかなお湯で頭を洗えばいいのだ。人は普段それを無意識にやっているではないか。外国を旅して「浴槽のないこと」に味気なさを感じる日本人は結構多い筈である。やはり体を温めるには日本式に限る!お湯が少々汚れていてもいいではないか。

 とまあ、八戸の旅館にて無駄話を書いておりましたが、僕の方は一昨日和田浦に戻りました。そしてその「無駄話」の執筆を完了したところです。初冬の気象はなかなか厳しいが、もう少し「和田浦のツチクジラ漁」を頑張ってやってみたいと思います。詳細は別途このブログで紹介しましょう。それでは。

歩く見る聞く 49(2019年7月31日) 田中洋一さんの記事

 31年ぶりに日本が商業捕鯨を再開した7月1日。初水揚げの釧路港の様子がテレビに何回も映った。ミンククジラをクレーンでつり上げているのは、かつて知ったる青い捕鯨船の第五十一純友(すみとも)丸。縁のある捕鯨船が初ものを仕留めたことで、商業捕鯨が少し身近に感じられた。
  純友丸は千葉県南房総市の外房捕鯨に所属する捕鯨船(30トン)で、母船ではない。房総半島先端の安房地域には17世紀半ばから沿岸捕鯨が息づく。全国6拠点の一つとしてなぜ根付いたのか。それを探ろうと、私は5年前に新聞連載をした。近海で獲れるツチクジラ漁の解禁日(この年は6月20日)、東の空が白みかける午前3時半に銚子漁港の桟橋から離れる純友丸をカメラに収めた。
  南極海で大型クジラを獲っていた商業捕鯨の時代から、一時停止(モラトリアム)が1世代続いた。そして再び商業捕鯨の時代に入るのだが、何がどう変わるのだろう。クジラの揚がる町、南房総市の和田浦に来たのは、地元NPO主催の勉強会「くじらゼミ」が7月下旬の週末にあり、商業捕鯨が取り上げられたからだ。
        ×        ×
  沿岸捕鯨の事業者である外房捕鯨の庄司義則社長(58)は、商業捕鯨で期待しているミンククジラの捕獲枠について「ずいぶん少ないと落胆した。沿岸小型業界は失望している」と率直に語った。
  庄司さんたち沿岸小型事業者のミンクの捕獲実績は、調査捕鯨の2017年147頭、昨年127頭だった。今年の捕獲枠は4~6月の調査捕鯨の実績を含めて111頭だ。他に母船式捕鯨の捕獲枠が20頭ある。
  「商業捕鯨」や「調査捕鯨」という用語に、庄司さんは違和感を覚えるという。「魚を獲る漁業と同じように、普通のクジラ獲りですよ、商業捕鯨は。お客さまに食べ物を供給する仕事と考えればすっきりする」
  「調査捕鯨」のことを庄司さんは「捕獲調査」呼ぶ。商業捕鯨を展開できない鯨種や海域で、調査を目的にクジラを捕獲し、雌雄や年齢などを調べてから肉を流通させるからだ。
  前提として頭に入れておきたい。日本は今年6月末をもって国際捕鯨委員会(IWC)を脱退した。その上で7月1日に商業捕鯨を再開した。IWCを離れても、やりたい放題という訳ではない。
  昨年12月26日の官房長官談話によれば、「国際的な海洋生物資源の管理に協力していく」考えは従来と変わらず、IWCにオブザーバー参加し、「科学的知見に基づく鯨類の資源管理に貢献する」。
  その上で、捕鯨の海域は日本の領海と排他的経済水域(200カイリ)に限ること、捕獲枠は100年間継続しても資源に悪影響を与えないとIWC科学委員会が認めた極めて保守的な方式で算出すること--と水産庁はホームページに載せている。これが再開した商業捕鯨の大枠だ。
  ミンククジラの捕獲枠は減ったが、商業捕鯨には本来の捕鯨らしさがある。調査捕鯨は、捕鯨船の見張り台でクジラを見つけたら選り好みせずに捕獲する。戸籍調査のようなもので、より正確な資源量を割り出す基礎資料になる(庄司さん)。
  商業捕鯨ならその点、市場価値の高い個体を自由に獲れる。ただし、調査捕鯨に伴う用船代と船員の人件費の補助金はもう出ない。商業捕鯨に移り、クジラを解体する施設の設備をはじめ事業の円滑化を促す補助金が数年間は出そうだが、不透明だという。
  「ミンククジラの捕獲枠が減って『失望している』と言ったけれど、政府がIWC科学委員会の方式で決めたのだから仕方ない。商業捕鯨を受け入れて前に進んでいこう」。庄司さんの表情が明るく、楽観的とも見えるのは、父親を継いで外房捕鯨を25年間経営してきた経験と自信からか。
  外房捕鯨は、沿岸で獲れるツチクジラとゴンドウクジラだけに頼ってきた時期がある。他の事業者と重なって供給過剰になり、肉の価格は低迷した。そこで2001年から調査捕鯨に参加した。商業捕鯨に乗り出した今年も、この年と並ぶ節目となりそうだ。
  IWCは鯨資源の保存と秩序ある捕鯨産業の発展をうたう国際機関で、捕鯨国と反捕鯨国が共に加入している。IWCから日本が脱退した背景を、くじらゼミで庄司さんと日本鯨類研究所の西脇茂利さんはこう説明した。
  日本はIWCの締約国に、商業捕鯨の再開(モラトリアム解除)の条件をただして求めてきた。だが大半の反捕鯨国は「認められない」との回答に固執したので、IWC脱退に踏み切ったそうだ。
  西脇さんは語る。「日本は30数年前から目視などの調査をしてデータを積み上げてきた。でも反捕鯨国の、何としても捕鯨をやめさせるという姿勢は変らないので、脱退しようとなった」。庄司さんも「彼らは鯨類を殺すことに無条件に反対する」と突き放す。
        ×        ×
  ゼミは今年10回目を数え、クジラの揚がる町の恒例行事だ。今回の参加者は約50人。水産業界の関係者や研究者もいるが、庄司さんとの個人的なつながりやクジラ解体を見学したファンが多い。
  昼間の勉強もさることながら、夜の懇親会が楽しい。地元の方々が調理してくれたクジラ料理を楽しめるからだ。地元特産のツチクジラに加え、釧路港から運んできたミンククジラが美味だった。刺身や竜田揚げを味わった経験のある私には、皮の薄切りが新しい舌触りだった。
  商業捕鯨が始まったといって、クジラの肉がどれだけ社会に受け入れられるだろうか。正直なところ、私自身は懇親会で3年ぶりにクジラを味わう機会を得たが、それまでは特に食べたいとは思わなかった。庄司さんは「クジラが庶民の食い物になって欲しい願望はあるけれど、実際は珍味でしょうか」。また地元の魚屋は「食べるのは年配ばかり、若い世代は食べません」と半ばあきらめ顔だ。
  出版社勤務の山中綾子さん(35)は千葉県袖ケ浦市から初参加した。和田浦のことをガイドブックで知り、IWC脱退と商業捕鯨再開の報道に接し、ツイッターで庄司さんのブログにたどり着いた。
  消費者として「同じ県内でもクジラは近所のスーパーに置いていません。物産展で見かける程度」と距離感はある。「懇談会で白い皮の料理がおいしかった。これを機に他の捕鯨拠点にも出かけてみたい」と言い、もうクジラファンになっていた。

定置網に混獲されるミンククジラが捕鯨再開を担う!(西脇さん資料)

Minkeさんの鯨
Minke whale (Balaenoptera acutorstrata)は、1915年に「コイワシクジラ」が和名として与えられ、「ミンククジラ」は1960年代後半の頃から一般化してきたとされています(粕谷・山田1995)。ノルウエー式捕鯨は1899年より日本沿岸における操業が始まり、当時の鉄砲さん(砲手)は、すべてノルウエーからの出稼ぎでした。北大西洋から遥か遠く極東の海にも「Minkeさんの鯨」がおり、ノルウエーの鉄砲さんと共に、その名が浸透していったのではないでしょうか、また、なじみ深いミンククジラが日本各地で捕獲されたことも明らかです。
1985年の秋、三洋捕鯨の第十五利丸で日本海周辺の鯨類目視調査に従事していました。若狭湾に調査ラインが設定されており、湾中にさしかかった折、トップマストを持つ船に遭遇しました。近づけば、船首に捕鯨砲が確認できました。韓国の捕鯨船がミンククジラを捕獲していました。戦後、食料難の折、太地のテント船が若狭湾で捕鯨していたことを知っていましたが、韓国の捕鯨船の出現は驚きでした。
1986年の漁期をもって、日本近海におけるミンククジラ漁は商業捕鯨モラトリアムにより終焉してしまいました。日本沿岸において、小型捕鯨業の対象種として、年間350頭前後のミンククジラの捕獲があり、地域の重要な蛋白源であったことはいうまでもありません。当時、釧路沖はマイワシを狙って来遊するミンククジラの主漁場で、幣埋橋の右岸にミンク船が停泊し、和商市場の多くの店頭に生肉や畝須がうずたかく並んでいました。現在のような高級食材ではなく、豊饒の幸として息づいていました。

定置網への混獲で絶滅が危惧される?
第二次世界大戦以降、日本沿岸における漁獲統計情報の整備が進み、日本各地の定置網による鯨類の混獲情報があげられ、混獲鯨もまた、地域の重要な蛋白源の供給に貢献してきた記録を読み取ることができます。
水産庁は、鯨類の違法捕獲及びその鯨肉の違法流通を防止し、適切な資源管理下における商業利用再開に向けて、2001年7月より定置網に混獲された鯨類のうち、死亡または生存するも放流が困難で、漁具破壊・壊滅の恐れがある場合に限り、DNA登録により販売及び消費などの利用を認める措置が実施されました。これにより年間150頭前後のミンククジラが定置網に混獲される実態が明らかになっていきます。
世間では、鯨は全て絶滅危惧種であると思われていることです。米駐日大使が太地の追込漁が日本近海のイルカ資源を枯渇させるとツイッターで囁く、ならば、北限のジュゴンを守るべきとして、基地移転を撤回するくらいは呟いてほしいものです。メディアもこの矛盾を追及しないのは、如何なものでしょう。ヨウスコウカワイルカは絶滅しているにもかかわらず、騒がれもしません。長江は「死の河」という公害汚染に歯止めが効かない状況に陥っています。
多くの日本人もまた、ミンククジラが絶滅危惧種と思いこんでいます。反捕鯨の研究者は「日本近海でミンククジラが年間100頭混獲されると10年で資源が枯渇する」というシナリオで捕鯨を阻止しようとしました。韓国及び日本周辺で混獲されるミンククジラは年間300頭になり、10年どころか数年で絶滅の危機を迎えても不思議ではないはずです。ミンククジラが減ろうが増えようがおかまいなしで、国際捕鯨委員会科学委員会に無茶な主張が通ればよいだけだったのです。
絶滅の危機に瀕している場合、10年間で1頭も混獲がない状況に陥っていると考えられます。例えば、ヨウスコウカワイルカは、長江河口付近から約1200km上流にある湖南省・洞庭湖までの広い流域に生息し、1950年代では約1000頭が生息すると推定され、1990年代には約300頭にまで激減したことが報告されています。1980年に幼鯨の雄1頭が保護され、22年間飼育されました。その間、1981年3頭、1986年2頭、1996年1頭の計7頭が保護収容されました。しかしながら、連れ添ったメスは1頭だけで繁殖にいたりませんでした。ヨウスコウカワイルカは漁業対象種ではありません。漁具による混獲が劇的に解消された結果でもありません、環境汚染による生息環境の劇的変化が絶滅を招いたのは歴然です。
韓半島においても、ミンククジラは年間150頭ほど混獲されています。韓国の場合、定置網ではなく、他の漁具による混獲が報告され、日本にも同様の漁具があり、その漁具による混獲報告がないことで、過少報告であると反捕鯨の科学者は理不尽に騒ぎたてます。受動漁具である定置網を差し置いて、その能動漁具に混獲されるミンククジラの行動を研究してみたい衝動にかられてしまいます。

捕鯨再開を担う持続的利用の救世主!
商業捕鯨時代(1986年以前)は小型捕鯨業の捕獲と定置網の混獲を合わせれば、500頭前後が漁獲されていたことになります。日本沿岸におけるミンククジラの漁獲圧は商業捕鯨禁止により大きく減少しましたが、定置網における混獲状況は30年を経過しても、絶滅を危惧する兆候は全く見られません。これは、日本沿岸におけるミンククジラが保護資源ではないことを示しています。
 日本沿岸を含むミンククジラの北西太平洋系群は、外部形態や遺伝学的知見からJ系群(黄海・東シナ海・日本海)とO系群(北西太平洋・オホーツク海)に分類されています(Wada.1983)。
ミンククジラは目視調査の結果から、日本海で約7000頭、北西太平洋で約25000頭と推定されています。一見すると、J系群が7000頭で、O系群25000頭ということになります。仮に日本海の7000頭が全てJ系群(混獲ではO系群は極めて希)ならば、年間100頭の混獲が10年続くと絶滅が危惧される水準になります。韓国と日本の混獲で年間200頭を越え、そのシナリオであれば、J系群はすでに絶滅の危機に瀕していることになります。
反捕鯨の科学者は、混獲される漁業の撤退を主張します。日本においても、韓国においても、ミンククジラは混獲であって、能動的な漁獲ではありません。場合によっては漁具の破損及び流出を招くことになります。そのような状況でミンククジラの資源保護のために漁業を撤退させる根拠は皆無です。しかしながら、J系群は保護資源?という主張を盾に、日本海におけるミンククジラの捕鯨再開を猛烈に反対します。
 日本の北西太平洋沿岸の定置網には、O系群のみが混獲されているように見えますが、房総半島以北から北海道にかけての太平洋沿岸では、J系群51%、O系群49%と拮抗しています。その南側の相模湾より本州、四国及び九州沿岸では、J系群85%、O系群15%と大きな偏りがみられます。季節による混獲状況をみると、J系群は9月から2月にかけて、O系群は3月から8月にかけて卓越しています。北西太平洋鯨類捕獲調査結果では、J系群5%、O系群95%で大きく異なる結果が示されています(Kanda.et.al.2006)。
 定置網による混獲状況には、興味深い特徴があります。J系群もO系群も平均体長が5m前後という結果です。ミンククジラの平均性成熟体長はオスで6.3m、メスで7.1mと推定されています(Kato.1992)。したがって、混獲されるほとんどのミンククジラは未成熟個体であると推察できます。また、季節による多少はあるものの、周年を通して日本各地で混獲されています。
 ミンククジラの季節回遊については、夏季には成熟メスはオホーツク海北部まで回遊する一方、未成熟個体が中緯度地方(三陸及び道東沖)に滞留するという知見があります(Hatanaka.et.al.1997)。混獲状況からは、未成熟個体が季節回遊を行なっていることや越冬域における妊娠個体や親子連れの情報が得られていません。
 定置網は指定漁業であり、設置位置が大きく変更されることはありません。混獲情報の蓄積は、ミンククジラの来遊量や死亡率の推定に基づく資源管理に貢献し、系群構造の解明にも役立ちます。
漁業と云えば、密漁と乱獲というイメージでとらわれ、捕鯨の再開は絶滅の一途を辿ると喧伝されます。年間を通じて、年老いたミンククジラが希にしか捕獲・混獲されなくなった時、これが絶滅危惧の兆候です。
定置網による混獲状況を鑑みると、反捕鯨の絶滅を危惧する根拠を棄却し、日本沿岸におけるミンククジラの持続的利用を証明し、捕鯨再開への役割を担っていることに間違いありません。

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