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外房捕鯨株式会社

千葉県和田浦の捕鯨会社からのプレスリリースです。

街角は語る

 八戸の街は葉桜の頃。気温が上がり、時に初夏を思わせる日もある。釧路の桜開花の報に接する。震災の春、瓦礫の山と化した鮎川を離れ、釧路で働いた。その時に観た鶴ケ袋公園の桜である。

 漁模様は芳しからず。だがこのご時世、普通に働けるだけでも幸運と思わねばならぬ。引き続き「昭和の道」の通勤を愉しんでいる。「寂れた街」ではある。が、街角の風景が当地の歴史を語りかけてくれる。

 旅館付近にはやたらに銀行が多い。ここは膨大な量の魚が水揚げされ、大きなお金の動いたところ。また船の操業に必要な仕込み資金の調達がなされたのであろう。尤もかつての「支店」がATMとなっていることが多いが。時計店や蒲団屋や輪業(自転車屋)。その大半が閉まっているが、昭和を想わせる古風な木造の店舗が多い。「塩」の看板とガラスに印字されたぼやけた商店名。その上の「英数塾」の張り紙も年季が入っている。かつて塩等を販売していた商店が学習塾となり、後に使われなくなった。木造の店舗はそんな庶民の生活史を語る。

 港沿いの旧道には夥しい数の神社。民家の庭に小さな社がある感覚。昔当地に移住した人々が故郷の神社を分社。ささやかな社を立て、数代に渡って祈りを捧げてきたのであろう。木造民家に「OO食品」といった看板が掛かる。かつての「家内工業」といったものであろうか。遠い昔、市場の方と一緒に訪問した、富山の蒲鉾屋さんの佇まいを思い出す。

 廃業した店舗が多い一方で、昔の佇まいを残した多くの理髪店が営業していることに気づく。理髪店で過ごす時間が僕は好きだ。概ね月に一回の店主との会話は愉しいし、髭剃りの時間のうたた寝は快適至極。当地の人々も僕と同じ様に「理髪」を愉しんでいる。そう思い至った。急激な産業構造の変化が多くの「シャッター街」をもたらし、当地もその例に漏れない。それが故に、理髪店が近所の顧客との間で支え合いながら生き残っていることを喜ばしく思う。そう言えば鍼灸院や銭湯の数も多い。でも、そうか、これらは皆コロナウイルス禍の影響を受けている業界ですね。困ったことになりました。

 当地は、繁華街の狭い路地と言い、陸奥湊駅付近の朝市と言い、昭和の面影を色濃く残す街。残念ながら今回は飲食店の巡回を断念してはいる。が、歩くことで、街角の語ることを聞いてみたいと思う。令和の世となって、ようやく「昭和」を語りやすくなった。そんな感覚はありますね。それでは。

引き続き静かなり。

 昨日、当地では夕刻に降雨あり。天候は回復傾向だが朝になっても雨が残り、徒歩通勤を断念。船は勇んで出港したが、波高く戻ってきた。今日も休漁となった。

 昨日は職場からJR八戸線の上の小高い丘の道を辿って宿へ戻った。線路は川と同じで交通ルートを遮断する性質がある。住宅地の中の小道を「果たして向こうに抜けれるか?」と疑問を抱きつつ進む。行き止まりかどうかは歩いてみなければわからない。が、もし袋小路ならば、そこに住む人々にとって僕は「不審者」以外の何者でもないだろう。そんな心配もあって、時々おばちゃんに「この先は行き止まりですか?」と質問したりする。するとおばちゃんは笑顔で「行き止まりです。でも、ここから降りれば線路を越えられますよ。」と親切に自宅敷地内の小道を案内してくれる。そんな人情にほろりとさせられる。その後書店にて地図を購入。これを見れば袋小路がどうか、概ね分かる。もっと早く地図を買っておけばよかった。

 当地では概ね新型コロナウイルスの感染は抑え込まれている。青森県は隣県の岩手と同様に、「新しい生活様式」の採用を前提に、飲食店等の営業自粛を解除している。しかし実際に客が来てくれるかどうか?それが従事者の皆さんの深刻な悩みとなっている。それにしても「居酒屋」という自然に発生したとしか思えない業態が「新しい生活様式」にそぐわないのはつらいところだ。

 一般に霊長類の世界では、種は群れをベースに繁殖する。食べ物の譲り合いは類人縁にその萌芽が見られるが、一般に群れ内部の「共食」はなされない。数百万年単位の進化史の中で「繁殖における平等」を確保する方向で家族集団にその機能を封じ込める一方、「共食行為」をもって、家族成員間の、さらには親族・地縁集団内の成員の「共感と同情」を育む方向に進んだのが、我々人類との由だ。このご時世、Zoomなるコンピュータソフトを使った「オンライン宴会」という知恵には大いに感心するものの、対面式の「居酒屋」という共食・共飲・共(狂?)騒の装置を否定することは相当な無理がある。僕はそう考えている。

 店主のみならず顧客とも親交のある馴染みの居酒屋を、ひとりさらっと訪れて旅の無聊を慰める。それを長期出張中の愉しみとしていた我が心身。こんな恨み言のひとつでも言いたくなりますね!

 相変わらず曇天ではあるが、雨は降りそうにない。明日は働けるだろう。またぼちぼちとJR八戸線沿いの小道を宿へと歩くとするか!それでは。

港のお寺の鐘が鳴る。

 今日でこの不可思議なゴールデンウイークもおしまい。昨日・今日と天気は晴朗なれど波高く、働けず。昨日はJR八戸線の上の高台を職場から宿まで歩きました。当地に赴いて初めて雪を抱いた八甲田連峰の風景を愉しみました。あの辺が櫛ケ峰で左側の平らなあたりが十和田湖かしら?40年前の山行の記録が蘇ります。港付近は人工的な殺伐とした風景。吸い寄せられる様に線路の向こうの若葉をつけた巨木に向かって歩きます。その辺は高台の住宅地。民家の庭には多種多様な春の草花が咲いていて心が和みます。宿の近くで立派な本屋さんを発見。梅棹忠雄の伝記本と梶井基次郎の「檸檬」を購入。旅館の部屋で読みました。

 梅棹さんの本を読み終えた頃、BS3で映画「ドクトルジバゴ」を放映中。ついつい観てしまいました。これはロシア革命前後を生きた詩を愛する医師の物語。不条理な運命に翻弄され続ける主人公。このコロナウイルス禍とは比較にならない程の不条理に次ぐ不条理。それでも物語の節目であの流麗な音楽と共に、ロシアの広大な大地の風景が映し出される。でも凍り付いた部屋の窓に付着した氷の結晶や、陰鬱な雪空の雲間に差した薄明かりとおぼろげな太陽の姿に「美」や「救い」を表現する手法は見事と感心した一方で、一向に「救われない」気分になりました。やはり旅館の部屋の小さなTVで観る映画ではない。そういうことでしょう。

 今朝も出勤前の散歩。静寂の中で寺の鐘が鳴る。午前6時也。この鐘を打つことも日々の御勤め、修行ということなのであろう。今春法律家の従兄から聞いたことを思い出します。従兄が高校の頃観たNHKの番組で、著名な寺院の住職が「日々平穏に生きる知恵」を求められたところ、「とにかく日々の御勤めを果たすこと。そうすれば疲れて余分なことを考えずによく寝られる。」と答えた由。

 今朝は、その鐘を鳴らした寺院経由、高台の小道を職場へ向かいました。高台からはところどころに木々が鬱蒼と茂った場所が見えます。おそらくは神社か寺院であろう。八戸は杜の都也。そして街には昭和の風景が残っています。さて今日も高台よりどこかの杜を訪れて、宿に戻ることとしよう。アンニュイな生活が続いています。それでは。

八戸にて

 今春より商業捕鯨ということで、3月末に鮎川(石巻市)入り。鮎川操業では捕獲対象と想定した大型のミンククジラの発見がなく、4月中旬に八戸に移動。現在この前代未聞の静かなゴールデンウイークを八戸で過ごしています。船の方はここ数日操業していますが、昨日から気温上昇で霧が発生。海上は見通しが悪く、相当に苦労している模様です。

 船で鯨を追い、獲った鯨を水揚地で解体し、鯨肉を生鮮食品として市場に出荷するのが当社の仕事。船は海上を漁場へと移動し、解体員は近くの港にて鯨の捕獲を待つ。刻一刻と移り変わるコロナウイルス禍の状況。「移動すること」・「外出すること」自体が社会的に好ましからざる現況に気を揉んでいますが、我々の仕事はそうせざるを得ず。食品の供給者としての責務を果たすという意味もあるだろう。そんな訳で北の街にて、宿舎と職場を往復する単調な生活をしています。

 宿舎も職場も港付近にありますが、「不要不急の外出」を控える人々が多いこともあってか、周囲は広々としていてかつ閑散としています。「社会的距離」を保つことは容易な環境ですが、朝の散歩やジョギングをする人々の大半がマスクを着用している。当初の「他者に迷惑をかけない」との意図から、最近では「自らが感染すること。そして自分の家族や周囲の人々を感染させること」に対する恐怖感が強まっているのかもしれません。我々も心して社会的距離を保ちつつ手指洗いを励行し、各自感染しない様に細心の注意を払って生活をしていかねばなりません。毎年当地の映画館に通うのを楽しみにしておりましたが、八戸入りした翌日に臨時閉館。残念に思ったものの、時間次第ではがら空きの映画館、邪なことを考えずに済んだ、ということで感謝せねばなりませんね。旅館のおばさんは喘息の持病をお持ちの由で、かかる時期に泊めて貰うには宿泊者にも相応の責任が発生します。

 洗濯物が溜まったので、百円ショップに物干し紐を買いに行きました。結構な人出でした。僕は売場で目的のものを見つけるのを大の苦手としています。探しても探しても見つからず、店員さんに「ごめんなさい」と言って場所を教えて貰ったら、何のことは無い、僕が何度も覗いていた棚にあった。困ったものです。

 今年の和田浦のツチクジラ漁は6月操業開始の予定ですが、その時期はどうなっているものか?地元の小学校から恒例の「鯨学習」に関して電話をいただいてはいますが、とにかく学校が開かないことには何も始まりません。国の非常事態宣言は6月末まで延期される由ですが、感染者が増加していない地域において日常的に実践されるべき「新しい生活様式」が専門家会議より提案されるそうです。まずはその提言の内容をよく理解したいと思います。

 ここまで書いて、この文章を保存したところ、「鮎川にて」なる書きかけの文書ファイルを発見。そう、やはり気が重くて、ブログをアップ出来ずにいた次第です。僕と同じ様な立場の多くの零細事業者の皆さんが苦境に陥っている。特に当社の顧客である土産物屋さんや飲食店や宿泊施設の皆さんの苦悩は如何ばかりかと、3月以来気を揉んでいます。何時までかかる状況が続くものか、皆目見当がつかないことがつらいところですね。一方で何時のことになるかはわからないが、多少の「生活様式の変化」こそあれ、何時かは概ね元の状態に戻ることは確実です。という訳で、極力悲観せず、前を向いて生きていくことが肝要でしょう。

 もっと愉快なことを書きたかったが、思いつかず、「元気の出ないブログ」となってしまいました。次回はもっと愉しめる話題を書きたいと思います。それでは。

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