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外房捕鯨株式会社

千葉県和田浦の捕鯨会社からのプレスリリースです。

明日8月31日の解体はありません。

 本日8月30日も海況悪しく、船は操業していません。従い明日8月31日の解体はありません。

明日8月30日の解体はありません。

 本日8月29日は海況悪く船は操業していません。従い明日8月30日の解体はありません。以上

明日8月29日の解体はありません。

明日8月28日の解体はありません。

 本日8月27日、船は海況悪しく操業出来ず。従い明日8月28日の解体はありません。

明日8月27日の解体はありません。

明日8月26日の解体はありません。

 本日8月25日、沖は波高く船は操業していません。従い明日8月26日の解体はありません。

明日8月25日の解体はありません。

 本日8月25日、船は操業しましたが、捕獲はありませんでした。従い明日8月25日の解体はありません。午前中は酷い霧で、午後は海況が悪化してきた様です。

明日8月24日の解体は、午前0時開始。とりあえず1頭。

 本日8月23日、朝1頭獲れました。明日24日はこの鯨を午前0時から解体します。もう1頭獲れる可能性がありまして、もし獲れた場合はこのブログを更新します。遅い時間になっても更新されていない場合は、明日の解体はこの1頭のみとご理解下さい。

帰ってきたヨッパライ

 ここ数年出張先での晩酌が習慣化した。かつて一人飲みはしなかったが、ここ数十年の風雪を耐えるのにひとりの晩酌はそれなりに有益だったのかしら。そんな印象はぬぐえない。尤もひとりの晩酌と言っても、最近は安物の1.5リットルの赤ワインを水で割って飲む程度。古代ローマ人がワインを水割りで飲んでいたという塩野七生さんの本の記述があるし、そもそも安物故躊躇なく水で割れる。

 時には面倒なのでコンビニで缶酎ハイ、やはり根が酒に対して意地汚いので、どうしても9%ものを買ってしまうが、こいつはどうも朝の目覚めが悪い。一方で太地漁協の参事さんからいただいた壱岐という麦焼酎(因みに壱岐は麦焼酎発祥の地とされる)は、朝の目覚めが頗る快適であった。缶焼酎について釧路の友人と話したところ、その寝覚めの悪さについては彼も同意見で「恐らくは碌な原料を使っていないのでは?」とのことであった。

 尤も我が尿酸値は遠い昔から高位安定していて、痛風のリスクはある。そんな訳で、赤ワインと麦焼酎の水割りを交互に常飲する様になった次第である。サラリーマン時代は週5で飲みに行く「ヨッパライ」であった。まああの時代と比べれば大人しいものだが、近年「帰って来たヨッパライ」になってしまった。そんな自覚はある。

 元号が令和となり、己自身も還暦を過ぎ、「昭和は遠くなりにけり」といった感覚が板についてきた。昭和はTV歌謡最盛の時代。最近はそんな昭和歌謡を偲ぶ番組も多い。先日大洗からの帰路、運転中に「オラは死んじまっただあ」という歌詞で始まる「帰ってきたヨッパライ」という歌が甦ってきた。この歌は昭和43年頃に流行した由。恐らくは僕は4年上の姉の影響を受けたのであろう。この歌を磁気テープがゆっくり回転する大きなテープレコーダーの威容と共に覚えている。それを何度も聞いたからであろう、案外その歌詞がスムーズに出てくるのだ。この歌はそもそもパロデイー。要するに酔っ払い運転で一度死んだ男が天国に行ったが、天国での不良行為を神様に咎められて追放されて生き返る、という筋の歌である。その一節。
「天国いいとこ 一度はおいで 酒はうまいし 姉ちゃんは綺麗だ ハーハーハッハー」

 でも待てよ。僕にはこの天国の描写に既視感がある。何だろう?そうだ、釧路で読んだコーランの一節、天国が描写されている部分だ。以下井筒俊彦著「コーランを読む」より抜粋。

「この(酒は)いくら飲んでも頭が痛んだり、酔って性根を失くしたりせぬ。そのうえ果物は好みにまかせ。鳥の肉など望み次第。まなこ涼しい処女妻は(深海の底、貝の中に)そっと隠された真珠さながら」

 両者の意味は、前者が軽快にして不謹慎なパロデイー系、後者が美しい比喩を配した高度に詩的な記述といった極端な差異が認められるものの、その示すところのものは概ね同義と言えそうだ。おまけにこの歌でデビューしたグループサウンズの名称は「フォーク クルセーダーズ(=十字軍)」!これはたまたまそうなっただけのことで深い意味はなかろうが、まあ不謹慎と言えば不謹慎。「酒酔い運転者の天国行」と同様に、現代社会では異論のでるパロデイーと言えそうだ。

 一般にイスラム教と言えば「飲酒は厳禁」「女性は顔が(男性に)見えぬ様にベールをかぶる」といったイメージが強く、この天国観に違和感を覚える人は多いだろう。一方でコーランはその成立時に存在して(或いは認識されて)いなかった行為を禁止出来ないことも又事実である。実は上述のコーランの天国観はイスラム教成立以前(通称:無道時代)の詩歌等から遡及して解釈することは可能なのだ。

 無道時代のアラビア半島は、基本的にはベドウインが砂漠を遊牧する部族社会。一方で既にメッカやメデイナといった商業都市が発達し、預言者マホメットはメッカの一部族に属する商人であった。当時のアラビア社会の価値観は、第一に部族主義。己がある部族の一員であることに高い誇りを持つ。さらにその部族とは(商都のそれであっても)かつては砂漠での遊牧生活において家畜や水場を巡って他部族との争いを繰り返す歴史の中で生き残った勇敢さを誇りとする、好戦的な性格を帯びていた。そういった価値観は部族の名誉の為に武器を携えて砂漠を疾走する勇壮な詩歌に示されている。

 一方で「部族の為に個はある」という価値観は、必然的に「個の実存的な不安」を呼び起こす。部族を守る為に戦うこと、そして戦死することは、その「個」が得る「最高の名誉」とされるが、その「最高の名誉」を受ける「個」は死んでこの世にはいない。ここに「個の実存的不安」が生まれる。当時のアラビア半島にはキリスト教徒やユダヤ教徒も居住していた。キリスト教徒達が砂漠に中にテントと建て、ベドウイン相手に葡萄酒を販売。そしてそのテントの中には妖艶なシリア出身の踊り子がいた。「実存的な不安」から逃れる為に多くの人々がその「酒場(キャバレー?)」で過ごした。そんな酒と女に溺れた生活を賛美する無道時代の詩歌も多数記録されている。

 そしてそんな「実存的な不安」を解消する方向で、神は古代アラビア語という言語で預言者マホメットを通じて啓示を続け、いくつかの受難や戦闘を乗り越えて、コーラン・イスラム教が成立。アラビア半島にイスラム教徒が多数派を占める社会が形成され、それはその後急激に膨張する。かかる歴史的経緯から、コーランの中の天国のイメージはその砂漠の中の「酒場」のそれとなっている。そう理解できるとされるのだ。

 という訳で「帰ってきたヨッパライ」から「コーラン」の天国観に話が飛んでしまいましたが、ご心配なく。この歌の他の部分は全くの問題外、コーランとの類似性は認められません。まあともかく荒唐無稽にして破天荒で無茶苦茶なこの歌詞をもう少し紹介しましょう。

 天国に行った男は相変わらず酒を飲み続け、ついに神様の怒りを買う。その関西弁を話す変な神様は男に注意する。
「なー おまえ、天国ちゅうところはそんなに甘いものやおまへん もっとまじめにやれー!」
しかし馬の耳に念仏・馬耳東風・暖簾に腕押し・糠に釘、男は酔っ払い生活を改めず、ついに天国を追い出され、酔っぱらったまま長い階段を降りていく。が、途中でうっかり階段を踏み外し、、、、下界の畑の中で目覚め、生き返るというものでした。今回気づいたことですが、「うっかり階段を踏み外して、生き返った」という筋になっているのですね。だったら、その階段は何処に続いていたのか?地獄かしら?まあ、どうでもいいけど。

 という訳でこれにておしまい!そう思ったものの、実はコーランの天国と地獄の世界観自体、とても興味深いものでして、、、そうですね、「毒を食らわば皿まで」、敢えてそれらも紹介してみましょうか!

 まず終末の日、即ち旧約聖書に書かれている神が創造した世界が崩壊する日、それが終末の日です。この日が何時来るものかはわかりませんが、この日「太陽は隠れ、星は墜ち、山々は飛び散る」まさにこの世の終わりの世界。その時にすべての人々は一旦気を失い、ラッパの音で目覚めるが、その時にはすべての死者が甦っている(復活の日)。人間一人に二人の天使がついていて、その人の善行と悪行を全て帳簿に記録している。その帳簿を天使から右手で受け取った者は「天国」へ行き、左手で受け取った者は「地獄」へ行かされる(最後の審判)。「善行」と「悪行」を漏れなく記入した「帳簿」!こんなところにも、当時のアラビア半島の商都で発生した宗教、という性格が読み取れます。

 そして「天国」は天使から右手で帳簿を貰った「善行>悪行」のイスラム教徒だけが行ける場所で、そこは唯一無二。一方で地獄の方は、信仰する宗教によって何と7つの地獄が用意されている。その序列は「イスラム教徒」「キリスト教徒」「ユダヤ教徒」「サビーア(原始アラビアの宗教)教」「ゾロアスター教」「多神教」「偽信者」という順番で、下に行く程「地獄の炎」はより激しいものになっているそうです。

 要するに「善行>悪行」のイスラム教徒以外は全員地獄行。但し「同根」の啓典の民であるキリスト教徒とユダヤ教徒にはそれなりの配慮を感じさせますね。イスラム教成立後に地中海世界、中東・北アフリカ・イベリア半島にまで膨張したサラセン帝国は、征服した地域の人々に対し、イスラム教への改宗を求めなかったとされます。遠い昔学校の教科書で「解放者として歓迎された」と書いてあった様な記憶が残っているが、本当のところはどうであったのか?よくわかりません。

 やはり僕の様な「帰ってきたヨッパライ」はとりあえず多神教ということで、下から2番目の地獄行。でも激しい地獄の炎は厭だし、酒も飲みたいからとして急遽イスラム教徒になったところで、神は全てお見通し。「偽信者」と認定され、一番下の地獄(奈落)の底に落とされそうですね。それでは。長々と大変失礼しました!

明日8月23日の解体はありません。

 本日8月22日、操業断念となりました。沖は風が強い様です。従い明日8月22日の解体はありません。

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