fc2ブログ

外房捕鯨株式会社

千葉県和田浦の捕鯨会社からのプレスリリースです。

憚り(はばかり)の時空

 今日で神無月もお終い。明日には出雲に出張されていた神々はお帰りになるのかしら?よし、明朝は田園に散在するあまたの小さなお社(やしろ)達のところに挨拶に赴くこととしよう。さて、今日は例によっておちゃらけで、「憚り(はばかり)の時空」という題でここ数十年の世相の変化を微視的に綴ってみたいと思います。

 最近女性用生理用品のCMに違和感を覚える。なにもそこまで具体的に言わなくてもいいじゃないか!遠い昔、中学校の友人が「母親がその類のCMをやだがる(=房州の方言で「嫌がる」の意)」と言っていたことを思い出した。尤もマーケテイングの世界では「商品の特徴をより具体的にわかりやすく説明すること」が鉄則であり、時に憚りの感覚がその「具体性」・「わかりやすさ」を阻害する様だ。僕は洗剤や化粧品のCMにいつも胡散臭さを感じるが、それとはこれとは全く別物ですね。という訳で、憚りの対象となる事象の属する空間は、時に連れ移動するものらしい。

 次に涙無くして語れない憚りの事象をひとつ紹介しましょう。大手トイレ機器メーカーの温水洗浄便座(いわゆるウオッシュレット)開発の物語。この温水洗浄便座なる機器の発想の源は恐らくは、用を足した後に空き缶に満たした水を左掌に貯めて洗浄する「左手の法則」なる文化のあった(インド・中東等の)地域の旅行体験であったのではと思われる。なお、現代ではこの温水洗浄便座無き宿は顧客から敬遠される傾向は顕著であり、この発明は日本社会に大きな影響を与えたことは(憚りながら)間違いのないところであろう。そう言えば、この機器の最初の需要者は手が尻に届かない相撲取りであったとか。そんな話を遠い昔母親から聞いた記憶が甦った。

 もとい、ついつい能書きを垂れてしまいました。要するに、その会社の開発チームの技術者は男ばかり。開発当時はそれが大きな問題だったのだ。男性用の便座ならば温水の放水方向を概ね決定出来るし実験も出来る。でも女性用は?いやあ、女性社員に聞く訳にはいかないし、実験も頼める筈がない。さて困った!この絶望的な状況を彼らはどう乗り切ったのか????
その開発チームの数名の男性技術者が一緒に(無論お金を払って)夜な夜な近場のストリップ劇場に入場。客席の一番前に陣取り、壇上のことの推移(或いは場面)を目に焼き付けるが如くじっくりと注視・観察していたそうな。

 この出来過ぎた物語を話してくれた先輩は既に鬼籍に入っているので、これが実話なのか或いはホラなのか、もはや確認は出来ない。仮にこれが実話だったとしても、その先輩に聞けば、恐らくは憚りを感じて「ホラだよ!」と言うに違いない。だって当該業界の会社数は余りに少ないので、社名が特定されかねない。まあ、謎は謎のままとしておきましょう。

 ストリップと言えば札幌での学生時代、札幌コマ劇場なるストリップ小屋(結構大きかった)があった。当時そこでうっかり活躍なんかしてしまうと飲み会の席で一生「まな板の上の誰々」と騒がれかねない大変恐ろしい場所でもあった。ネットで調べてみたところ、その劇場は僕等が卒業してから数年後に閉館したとのこと。将に「世に連れ」姿を消した業態である。当時北九州出身の我が友は探検部のトンガ遠征費用を稼ぐ為に、盛り場で札幌コマ劇場のビラ配りをしていた。あの頃も北海道・札幌は学生の旅行先としては人気があった訳で、その友人がビラを配っていると(北九州の)高校の同級生に思いがけずばったり再会。「きさん、何しょちょるん?」と呆れられた由。

 ここまで書いて今日の話題にしている「憚り」とは結局下(しも)の話に限定したものであることを認め、昔はトイレ=便所=厠のことを「憚り」と呼んだ、と能書きを垂れておきましょう。因みに友人はその「下の憚り」の空間が狭かった様で、無茶苦茶に面白い話を沢山聞かせて貰った(流石にここには書けない。何せ小説「青春の門」の本場である)。でもとても情に厚い優しい男で、僕自身己の薄情さを何度も反省させられた記憶がある。

 最後にもうひとつ。高校の柔道の大先生(房州ではこれだけで名前が特定される公算大ですが)の一言。「うんこってもんはどんな美人でもするもので、そればかりはどうしようもない!」
ここまでくると、戦前の男女間隔離教育の生んだ少々歪んだ憚りと言えるでしょう。

 という訳で今回は書くことを憚る内容であり、「具体的にわかりやすく書く」という基本方針から逸脱し、どうも舌足らずの印象を拭えません。その点をご賢察の上、わかりにくい点は行間より著者の意図をお読み取り願いたく存じます。それでは。

食べ物絡みの失言は面白い!

 釧路より帰郷しました。ようやくの帰郷なのに、逆にちょっとした生活環境の変化に戸惑いを覚えたりしていますが、これより充実した房州の秋の日々を過ごしたいと思います。まずは仕事でも散歩でもいいから、実際に動き出そう!そう考えています。

 昨今の報道はパレスチナのカザ問題一色。新聞等での「露出度」という点では、ウクライナ戦争関連の記事は大幅に減りました。不謹慎と思わないではないが、報道のスペースが限られている以上、やむを得ないところでしょう。ウクライナ戦争中にもパレスチナ・イスラエル周辺で散発的に続いていた砲撃等はほとんど報道されなかった訳だし、アフリカ中南部での小規模な部族紛争等に到ってはほぼ無視されているのが実情です。

 少々不謹慎な話題の選択となりますが、秋田県の知事が愛媛名物の「じゃこ天」のことを「貧乏くさい」と発言し、物議をかもしています。僕にとっては長野五輪当時の県知事の「スピードスケートなんて、ミズスマシみたいにくるぐる回るだけで、どこが面白いんだ?」といった趣旨の発言以来の「愉快な知事の失言」、結構笑えました。但し「ミズスマシ事件」の方は「言い得て妙」と逆に感心しましたが、今回の「じゃこ天事件」はいただけませんね。僕に言わせれば、「じゃこ天」は問答無用な程に偉大なる「練り製品」なんです。但しその偉大さを分かって貰うには相応の説明を要するので、それについては別途書くこととしましょう。

 それと「生存権を求める京都デモ」の報道。その参加者が叫んだ「たまには旅行に行きたいぞ!」「たまにはオシャレもしたいぞ!」「たまにはウナギも食べたいぞ!」といった言葉(シュプレッヒコール)、これはちょっととぼけていて愉快なものですね!そもそもこの生存権というのは、日本国憲法第25条1項の中の「健康で文化的な最低限度の生活」の解釈の問題でして、いくつかの判例がある模様ですが、裁判所は具体的な「最低限の生活」の条件を示していない様です。

 それにしても「旅行」「オシャレ」「ウナギ」と3つの言葉を並べると思わず笑ってしまうし、さらにそれらと「健康的で文化的生活」との合理的な対応性に再び笑ってしまいます。SNS上の「一所懸命に働いてもウナギなんか食べられないぞ!」といった反論もご尤もと言えるでしょう。言葉の選択に工夫が必要かと思われます。

 よし、食い物の話題が最も罪が小さいので、ウナギで行こう!釧路では「カラスハモ」なる魚が獲れますが、これを蒲焼にすればウナギによく似た味・食感を安く愉しめます。この魚の学名は「イラコアナゴ」。太平洋北部で水揚げされ、近年ではアナゴやウナギの代替品としての消費されることも多いとの由。
例えば
「ウナギとまでは言わないが、イラコアナゴくらいは食べたいぞ!」
と叫んでみては如何でしょうか?

 「イラコアナゴ」がややこしければ、単に「アナゴ」か「ハモ」とする手もありそうです。でも、やはり「イラコアナゴ」の方が意外性もあって面白そう!なお、この類の魚は概ね(人相ならぬ)魚相が悪いのですが、横断幕に「ウナギ」と「イラコアナゴ」の絵を並べて描いて行進する!(「ウナギ」の方が魚相はいいし、また何よりも見慣れていることが大きい。)そうすれば、「一所懸命に働いてもウナギなんか食べられないぞ!」といった批判を笑い飛ばすことが出来る思うのですが、如何でしょう?やはり食べ物の話は穏やかでいいものですね。それでは。そうそう、「じゃこ天の偉大性」の説明、忘れない様に留意します。以上

釧路の食

 昨晩馴染みの食堂で新物のシシャモ(柳葉魚)の天ぷらを食べた。その豊潤な風味にしばし絶句、結構高かったが2人前食べてしまった。一般に流通しているシシャモは別種のカラフトシシャモで、北欧等から輸入されている魚だが、釧路のそれは本物。北海道では日高は鵡川の柳葉魚が有名だが、近年海水温の上昇等の原因で漁獲が減少。今年日高沖は禁漁となり、供給は道東の10月以降の漁に限られている。カラフトシシャモの場合、抱卵した雌の卵の食感を楽しむ感覚が強いが、本チャンの柳葉魚は雄雌共に好まれる。白身の淡泊な味に内臓の風味が微妙に加わり、何とも言えない、、、とにかく絶品なのである。

 白身に魚で脂が乗っていれば、概ね何でも美味しいのだが、今秋はサクラマスと銀宝の西京漬をよく食べた。サクラマスは日本海側では「本鱒」と呼ばれる鱒類の王様、脂が乗れば美味しくない筈がない。銀宝は銀鱈とは似ても似つかない姿をした魚だが、食べた感じは銀鱈とよく似ていてる。厚い切り身、コスト削減の為に薄くスライスされた銀鱈よりもボリュームがあって余程美味しくいただけた。一方で刺身となると、白身は美味しいもののややインパクトに欠けるきらいがある。そこで僕が釧路で食べた刺身は、自分で出荷したミンククジラ、秋刀魚、マイワシ、ホンマグロ。追加注文したのはこれら赤身の魚である。やはり魚らしい「クセ」の残った刺身の方に僕は絶句してしまう様だ。

 実は定宿となっているホテルの朝飯も凄い。今秋も時鮭、秋鮭、ブリ、八角、カラスハモ、ホッケといった焼き魚を好きなだけ食べられる。僕は専ら頭に近い部位を選ぶ。美味しい!鮭定置網に(想定外に)入るブリは今や秋の北海道の定番、房州の感覚で言えば年末に獲れるワラサ並みの脂乗りである。秋鮭は昔大漁で在庫が滞留、中国向けに安値で輸出され、中国で皮と骨を除去して天然(!)鮭として欧州に輸出された時代があった。一方当時日本では秋鮭(アキアジ)=「猫またぎ」とされ、僕自身今一つ食指が動かなかったが、今回その旨さを実感。雄の銀毛であれば結構いけるのである!という訳で朝飯でも道東の魚を堪能した次第だが、それは長続きしなかった。晩酌・晩飯をやめればいいのだが、そうもいかない。そうなると朝に食べられる量は限られてくるし、流石に飽きがくるのだ。そんな訳で最近はご飯+カレー+ラッキョウの「朝カレー」を食べることが多い。カレーのスパイスが元気を与え、食欲を増進させるということなのであろう。

 てな訳で釧路にて食べた魚のお話しでした。想えば僕はここで随分と魚のことを教えて貰った。特に平らな魚(ヒラメ・カレイ類)の干物は絶品です。鱗を取って洗浄し、塩を振って換気扇の下に釣るせば、(平たい魚だから)直ぐに乾く。白身だけど干せば旨味が濃くなって、何とも美味しい。北海道の浜では宗八や柳等の小型のカレイ類は驚く様な安値で売られています。日本人はもっと北海道の干しカレイ文化を実践すべきでしょう。そう言えばヒラメの10kgを越えるものは東北・北海道では500円/kg程度にしかならない由。浜では10kgで5000円也。だったら適当に刺身で食べた後に、ヒラメを輪切りにし、西京味噌か塩麴漬けしたら如何でしょう。ボリューム満点、子供達も魚の旨さに絶句すること受け合いです。大きいのでナイフとフォークでも食べられるでしょう。

 最近の報道では専らパレスチナのカザ問題が取り上げられています。僕は問題解決の為には「パレスチナを代表する組織がしっかりと約束を守れる状態にあること」が不可欠という考え方から、前回結構厳しいことを書きました。但し戦後の歴史を振り返れば、パレスチナは確かに一方的にやられ放しであり、紛争の度に難民が発生する構造にある。それを国際社会が放置してきたことは看過できない。そのような考え方を持つ人々は多い様で、欧米メデイアのハマス批判は比較的抑制的です。但し、TBSの時事番組にテルアビブ空港乱射事件の首謀者重信房子の娘を中東の専門家として出演させたのには驚いた。母親と娘は別人格なので問題なし、とする理屈も有り得る。しかしあの乱射事件の26名の遺族は、そしてかかるテロを防止する義務を有するイスラエル国家の人々はどう思うだろうか?

 僕がエルサレムを含むヨルダン河西岸(ウエストバンク)を訪れたのは40年前のこと。ジェリコ(エリコ)の遺跡は旧石器時代の人類最古の集落跡とされ、そこに赴いたが、僕にとってはその遺跡に隣接する集落の多数の家屋がもぬけの殻であったことが衝撃だった。第三次中東戦争で逃げた人々の住居だと思う。ヨルダンでいくつか見た難民キャンプの人々はここから逃げたのだ。そう理解した。そこから僕は紅い百合の咲く原野を死海まで歩こうとしたが、蜂(虻?)の大群に追われ、必死で逃げ走った記憶がある。手を一箇所刺され、そこが大きく腫れた。やはりウエストバンクは「乳と蜜の流れる地」であると実感。シリアやヨルダンと砂漠の街とは趣きが違う。

 当時僕が考えたのは、正義は(第二次大戦後に住み慣れた故郷を離れ難民化せざるを得なかった)パレスチナに人々の側にあるということだ。但し既に4度の中東戦争を経て、多数のユダヤ人がエルサレル以西のみならず以東のウエストバンクにも居住していること、欧州から旧ソ連から中東といった地域におけるユダヤ人の受難の歴史、加えて(良かれ悪しかれ)第一次大戦時の大英帝国の対外政策といったことを考慮すれば、イスラエルという国家の存在を否定は出来ない。ユダヤ民族の移住以前にそこに住んでいた人々(パレスチナ人)にとっては大きな不満は残るのは当然だが。

 だったらエルサレムを共有の都市として国連の管理下に置き、少なくともウエストバンクはイスラエル国民が入植・開拓した耕地や投資したインフラも含めて全てをパレスチナの人々に返還する。恐らくその位のことをしないと治まらないだろう。そんなことを考えていた記憶がある。しかしその後ノルウェー政府の仲介で実現したオスロ合意。この機会を失ったことは何とも残念だし、その経緯がイスラエル政府の姿勢をより強硬にしてしまったことは否めないところだろう。

 この問題についてはついついいろんなことを書いてしまうが、今回の報道で驚いたことが一つ。ガザが40年前の海辺の静かな街から、高層建築物の立ち並ぶ都市に変貌しているということだ。人口統計を調べたところ、パレスチナ(ウエストバンク及びにガザ)の人口は1993年時点で200万、現在は600万ということで、相当に増加。僕の訪れた1984年の人口はもっと少なかったと思う。まあ、40年も前の記憶で云々していても仕方のないことですね。それでは。

(追記)以上に重信房子氏のことを書きましたが、私の調べたところでは重信氏がデルアビブ乱射事件に違法に関与した証拠はない由で、イスラエル当局からは起訴されてはいない様です。

釧路近況

 9月に海水温が20℃超という前代未聞の環境下で始まった釧路操業。その懸念が当たってしまい、酷い不漁。10月に入り海水温は20℃を割ってはいるものの、従前の15℃前後という水温には程遠く、加えて風が強まり操業出来ない日が増えている。道東沖の範囲内で広域に漁場を設定する努力はしているものの、概して南方は日本海の低気圧の影響を受けやすく操業不可。僕自身の担当業務は鯨が獲れねば始まらず、えらくゆったりした生活をしています。ここ数年ある問題にずっと注力し精神的には常に追われる様な生活をしてきた。その事象が良かれ悪しかれ概ね固まってきた状況にあるので、まあ久しぶりに穏やかにゆったりと過すことも悪くはないのだろう。そんな感覚で生活をしています。

 数年続いている「その問題への注力」というものも、実務的には仕事量が多い訳ではない。そんなこともあって、新聞を読んだり、TVの時事番組を観たりする漫然とした生活を送っている。ウクライナ戦争は長期化し、最近では欧米を中心とする民主主義国家群とロシア・中国といった権威主義的な傾向の強い国家群の「分断」が指摘されている。そこにロシア・ウクイライナからの穀物輸出の停滞によって飢餓のリスクに曝されるアフリカ諸国がものを申す構造。そんな中で「民主主義の価値」について考えさせられることが多い。

 民主主義の中核はやはり「基本的人権」ということであろう。「人権」が憲法等の法律で保障されることで、人々は公権力の不当な抑圧を受けることなく自由に生きることが出来る。無論、私的権力や既存の法律に拠っても市民の生活は抑圧・規制されるが、公正な選挙によって選出された代議士は、権力の行使主体の行動を制限する方向で、自由に法律を定めることが出来る。但し、その法律の改正自体、多くの利害関係者間の調整を要し、常に憲法や既存の法律との整合性が問われる訳で、「社会通念上当たり前のこと」でさえ法改正は簡単には行かないことは多い。また、法律を制定することのみならず、その法律を実社会に根付かせるには、巨大な統治機構の高い事務能力が不可欠である。という訳で、この民主主義というのは、まずは選挙の公平性の確保から始まる膨大な事務作業が不可欠なのであって、とっても面倒で、とにかく手間がかかるのだ。故に、民主主義は(民主主義的か或いは権威主義的な国家かに拘わらず)「比較的安定した社会」を長期間維持してきた実績のある国でないと、なかなかその定着は難しいということになる。そういった意味において、例えば欧州列強の引いた真っ直ぐな国境線の内外(=国家領土内外)で部族闘争を繰り返しているアフリカ諸国の民主化は大変な困難が伴うのは自明のことだ。旧主国たるフランスにしてもそれなりの関係国意識はある様だが昨今は持て余し気味である。絶望的。そんな言葉が似つかわしい。

 一方でこの「人権」という概念を社会的に厳密に守り通そうとしている国々もある。北欧の国々だ。かつてIS(イスラム国)がシリアやイラクで勃興し、欧州在住の多くのイスラム教徒の若者が男女を問わず、その疑似(テロ)国家の国民になるべく、紛争地域に移住したことがあった。その頃既にISの蛮行や移住者の強制的な扱い(男は兵士に、女は兵士の妻になる)はメデイアで大々的に報道されていた。あるドキュメンタリー番組ではデンマークの人々がISに移住する希望を持ったイスラム教徒の若者を口頭で説得することで渡航を阻止しようとする試みが描かれていた。その説得方法は「馬鹿なことは止めろ!」といった抑圧的なものではなかった。若者には自ら選択してIS(シリヤやイラク)に赴く権利はある。その権利は尊重されなければければならない。しかしその選択は彼らの人生に決してプラスにならない。そういった正論を以て、民間団体のボランテイアや公的機関の担当者等の複数の人々が本人を滔々と説得するのだ。しかし説得はしても強制は出来ない。それが移住希望者の人権を守ることに他ならないからだ。その番組では主体的に取り組んできたボランテイアの説得は最終的に失敗、本人はISに行ってしまった。彼は失望するが、その失望の中に僕は最も重要視すべき「人権」を守る為に最善を尽くしてきた人間の清々しさを感じたものだった。物事は容易ではない。そう、「人権」を守る為に「人権」を侵害してはならないのである。個の自由はそれ程重いものなのである。ウクライナ戦争の最中、そんなことを実感していた次第である。

 話題を変えて、ジャニーズ問題。そう言えば春の八戸駐在時からこの問題が取り上げられていた。一方で同じ時期に有名女優の不倫問題が報道され、世の男どもの嫉妬心を喚起。男どもは本件に関係する男性2名の苦境に陥る様に溜飲を下げる。一方でジャニーズ問題の「成人男子が少年を虐待する構図」の方は「昔の男色か?」と受け止められた。これが「少女を虐待する構図」であれば世の老若男女の猛烈な非難を浴びた筈だが、対象が「少年」であったが故か騒ぎは一旦治まった。ところが国連人権理事会の登場が風向きを変える。委員会は聞き取り調査を実施し、日本のビジネス界の人権蹂躙の放置を批判。ようやく被害者団体にスポットライトが当たり、ジャニーズ事務所の会見が始まった。さらには若手財界人がスポンサー契約の解除を言い出し、逆にその財界人のパワハラ疑惑が報道されたものの、財界は概ね契約解除の方向に舵を切る。事務所は看板俳優を社長に据えるが、会見を開いて説明する事務所も説明を求めるマスコミも、過去においてこの問題を放置し続けた点においては同罪と言える訳で、「迷走」の予兆。僕も(その存在を否定できない)「男どもの嫉妬」を封印し、「瞑想」して見守るとするか。

 それにても、国連と言う団体は面白いものだ。加盟国が多すぎて全加盟国のコンセンサスを得ることはそもそも困難。だったら国際紛争を誘発しかねない重要な問題に関しては国連自ら条約案を起草し、大国を含めた大半の加盟国が批准できる様にその内容を調整して可決し、加盟国はその条約を批准する。現況の国際秩序は国連及びそれが起草した諸条約によって保たれていると言っても過言ではないだろう。またかかる条約起草という形式でなくても、国連は違った方法で国際社会に影響を及ぼし得る。例えば今回のジャニーズ問題の聞き取り調査を実施した組織は「国連人権理事会」の「ビジネスと人権作業部会」との由である。国連傘下の多種多様な組織が「人間社会において望ましくかつ普遍的と思われる価値観」をベ-スに専門的な知見をもって調査・分析。たとえ常任理事国たる大国に受け入れられない結論となっても、直面する問題に対して真摯に勧告をする。それによって随分と問題の解決がなされていると思われるのだ。尤も前述の「統治機構の高い事務能力」が欠如した国家に対しては有効とは言えないが。
 
 先週にはカザ地区のハマスによるイスラエル攻撃が勃発。イスラエル政府はこれを「戦争」と定義。当地の断続的な紛争が激化しそうな雲行きである。国際社会の多数が承認するパレスチナ国家は「パレスチナ国」又は「パレスチナ自治政府」で、その領土は東エルサレムを含むヨルダン川西岸(ウエストバンク)とガザ地区から成る(但し東エルサレムを含むウエストバンクの6割はイスラエルの占領下にある)。しかしガザ地区は実質的には(元西側諸国がテロ組織と認定する)ハマスの支配下にあり、そのハマスが第四次中東戦争からちょうど50年後のユダヤ民族の祝日に攻撃を開始したのである。カザにはおよそ40年前、イスラエル・ウエストバンクからエジプトに向かう途中に一泊したことがある。その街は地中海に面した何の変哲もない静かな町で、建物のガラスのひび割れから紛争の存在を僅かながら想像する感覚だった。今ではガザは「天井のない監獄」と呼ばれている。

 50年前の第四次中東戦争はアラブ世界に大きなインパクトを与えた戦争だった。故ナセルの盟友でその後継者であるエジプトのサダト大統領は周到な準備をした上でイスラエルに戦いを挑んだ。この戦争は最終的にイスラエルの勝利に終わるが、イスラエル側の損害も甚大で故ナセルの主導した戦争と比べればアラブ側の「善戦」と言えた。それによりエジプトは米国の介入を引き出した。その後サダトは米国に接近。占領されたシナイ半島の返還を受ける一方、イスラエルと国交を結んだ(キャンプデイビッド合意)。僕がエジプトを旅行したのは既にサダトが暗殺された後のことだったが、当時カイロにてたまたま知り合った韓国のヒエログリフ研究者と一緒に水煙草の店に入った。そこはエジプトの高級将校御用達の店であった。彼らは皆口を揃えて「我々は戦争に倦んだのだ。」と言っていた。そんな記憶が甦り、その後のオスロ合意のことも含めてつらつらと考えるのだが、やはりパレスチナ側の統治能力が安定しないと和平は実現し得ないのではないか?いかにも「パレスチナ国(自治政府)」の影が薄い。その組織の幹部はアラブ産油国の潤沢な資金援助を受けて貴族化し、むしろ現状維持を望んでいるのではないか?そんな悪評さえ報道されている。一方で大戦後の度重なる戦争・騒乱によって発生したパレスチナ難民。国連には約500万人が支援を要するパレスチナ難民として登録されていると言う。 

 という訳で以上気の赴くまま、堅苦しい時事問題ばかり長々と書いてしまいました。何も書かないよりはまし、と考え、このまま掲載してしまいましょう。今後もとりあえずは何でもいいから書く努力をしてみたいと思います。それでは。

 | HOME | 

プロフィール

gaibou

Author:gaibou
FC2ブログへようこそ!

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する