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外房捕鯨株式会社

千葉県和田浦の捕鯨会社からのプレスリリースです。

昔の生殖医療?????

西郷隆盛は死地・最終決戦の地と
定めた鹿児島は城山の急斜面を登る
その際に「よべ(夜這い)がごたる」
そう言って共に死地へ赴く仲間を笑わせた

司馬遼太郎の随筆に拠ると
江戸期薩摩には南方の習俗が濃厚に残り
祭礼の日は無礼講 男女の集団同士が交り 
そこで宿った子供の父親を妊婦が指名する
そんな習慣があったそうな  

子供の顔からその父親の面影をみつけ
快哉を叫ぶことが出来ない不安は?
それは共同体の暗黙の掟の了解と 
家族として過ごした時間が中和
恙なく家族は生きられたに相違ない

歴史学者の網野善彦は中世の商業を
有縁と無縁 そんな概念で説明
有縁の世界では 人と人 人と物は
固く結びついている 無縁の世界では
それら関係性が消滅し そこで初めて
商取引・貨幣を通じた交換が成立する
現日本の原型たる中世 その商業は
宋銭の流入と無縁空間の成立に拠り
急速に発展した そう解釈している

旅の空間は無縁の世界 街道も無縁 
神社仏閣も無縁 その屋内に多数の
旅の男女が佇む様を描いた絵がある
無縁故そこに居合わせた男女は交わる
子宝の湯とされる温泉 参拝・祈念すれば
子宝を授かるとされる 神社仏閣
それはかつての生殖医療の場?案外
そんなものだったのかもしれない

中世の日本人は 家系を絶やさぬこと
その為には 血統には目をつぶった
養子縁組はその知恵と言えるだろう
農地があれば家庭を営み生きていける
家・家族制度がそれを保障する構図
それは世紀を越えて大戦後まで続いた
然るに無常は世の習い 五世代以上
続く家系は稀であった様だ

翻って核家族主体の現代社会
意外や意外 血統の復活?
個の或いはその家族の営みを
保障するものは 個以外にない
個は労働市場にて己が能力を売り
それで家族の営みを支える
核家族は血統に拠り成立する
核家族間の関係も血統に拠る
血統が結合の唯一の核なのだ

子供達の自立に拠り家族の役割は
終焉を迎える そこに残るものは
血統と家族を営んだ記憶のみ
その記憶が唯一の絆である

やがて人は家族の営みを支えること
それさえ厭う様になる 実は己一人を
支えることさえ 容易ではない
かくして人は再び無縁の世界に?

一方で昔の仲間との再会の喜びは?
昔の縁が急に開花したりして
何だか 訳がわからないが
所詮ポンコツ三馬鹿仲間の集い
まともな 花に 非ず

今回もまたこの辺でギブアップ
馬鹿げた ポンコツ作文を
中断しませう それでは

生殖医療の周辺(3)

昨年のことだったか 中国の
若き学者が ある遺伝子の 
難病発症リスクの 高い部分を 
改変・操作して受精卵を製造 
その子供が 無事生まれた 
学会にて そう報告した

この世は大騒ぎ 多くの人々は 
彼の倫理性の未熟を糾弾
パンドラの箱が 開いた
国家組織はやがて サイボーグの
製造に この技術を使い兼ねない
不気味な時代到来の予感
その後の彼の行方は知らない

一方で彼の所属した米国加州の
学会はその報告を本音では歓迎 
彼がつけた道筋は決して消えない 
得られた知見は確実に学会に残るし
かくして生まれた生命の行方を
研究者は必ず観察し続けるだろう 

便利な技術は自己責任で使えばいい
それを使わせない規制は不合理
パンドラの箱から 飛び出た
厄介への対応も 自己責任
規制は人間の自由を奪うもの
それが一般的な米国人の思考
かつて そう聞いたことがある

発達した加州の 高速道路
CAR POOLなるレーンがあり
そこは 複数乗車者の専用
つまり 渋滞対策である
ところが違反を問われた
ある妊婦が 警察を訴えた 
お腹の子供は 受精後3ケ月超
故に 私は二人分だと主張
そして 勝訴したらしい
加州の受精卵の扱いや如何?
まあこれは他愛のないギャグ
そんなことはどうでもいいのだ

生まれてきた子供の人権は?
彼は遺伝子操作を頼んでいない
でも普通に生まれてきた子供達
彼らも生んでくれと頼んでいない
僕自身もそれは頼んでいない
何だか訳がわからない
生殖医療の周辺を彷徨うのは
もうこの辺で やめておこうか

生殖医療の周辺(2)

戦争の続くウクライナ その国会で
出征する兵士の 精子の凍結保存を
助成する 法案が審議されたらしい

ところが物事は 簡単ではない
戦死者の精子こそ凍結保存すべし
そう考えるのが 人情というものだ
然るに死者の精子の使用を認めると
精子は時空を超えて 過去や未来に
形成される卵子と 結合し得る
無論卵子も同様に 時空を超える
故に殉死した兵士の精子の使用
その承認は重大な意味を孕む

その後の 法案の審議の現況を
僕は知らないが ただその先に
パンドラの箱が 見える
死の影が 横溢する戦時下の
極限の空間での 究極の選択
その深き苦悩を厭い
我が思考は停止する

生殖医療の周辺(1)

「世紀を越えて」なるTV番組の記憶
故に前世紀のこと 多分20余年前に
僕は産婦人科医の友人を訪ね
川沿いの居酒屋で旧交を温めた
夜勤医用の部屋に 泊めて貰った

奥さんも同業だが 子宝に恵まれず 
友人は単身赴任 そうその県は結構広い 
週末には夫婦は 打ち合わせ通りに
それぞれ車を飛ばし県内の病院に集合 
その施設にて 専門の器具を使って
夫婦の精子と卵子を 受精させる
そんな作業に 鋭意励んだらしい

やがて夫婦は二人の子宝に恵まれた
この夫婦の至極プライベートな作業を
友人は躊躇うことなく淡々と説明する
僕は友人の姿勢に 科学と技術を鍛錬し     
人間の生死を扱う 医師としての覚悟
彼の自然な明るさにも それを直感した

館山刻迷宮

ひさしぶりの鰻屋さんでの会食
近年館山での会食には電車を使う
実は僕ちゃん シンデレラ姫なり
最終電車21:37 涙流してさようなら
といったやり方で深酒を避けてきた

ところが会食開始が繰り上がり
17:28発の電車では間に合わず
16:12発に乗車 館山着16:37
1時間早い到着 今回は城山まで
のんびりと散歩することにした

汐入川河口付近から城山方面へ
川辺の遊歩道を快適に歩く
この街で高校時代を過ごしたが
基本的には学校と駅の往復 
この小径を今回 初めて歩いた

館山城下 会場の鰻屋さん着
鰻を焼く 芳醇な香りが漂う 
時間が余ったので 天守まで登る
二十歳前後の 昔のことを 想い出す
若き日の 淡い恋の思い出は 
多分に一方的だが 鮮烈である

こんな折り 井上靖の「不在」なる
散文詩の一節が 浮かんでくる

「神の打った終止符を、私はいつも、
悲しみというよりむしろ讃歎の念を
もって思い出す。不在という
そのささやかな運命の断層に、
近代的神話の香気を放ったのは
誰の仕業であろうか。」

日が暮れ 西の空が 茜色に染まる
まだ四半刻早いが 鰻屋さんへ入る
共犯者たる最初の先輩の到着を待って
おごそかに 共犯フライングビール
嗚呼 旨い! 極上のビールなり!
かくして かつての若人 老いたる
オッサンどもの 愉快な会食が始まる

霞ケ浦小旅行

大阪在住の先輩より電話があった
三セク方式で運営される 全国の在来線
それ乗って「鉄印」なる御朱印を収集
乗車して在来線の維持に協力する趣旨だが
次は小湊鉄道と鹿島臨海鉄道に乗りたい
就いてはその際に一杯やらないかと

たった10年の我が勤め人生活
でも多感な時代を共に過ごした仲間
親しき人々は多く 再会は実に愉しい
午後に外房の大原駅にて待ち合わせ
霞ケ浦ほとりの 旅館までのドライブ
挨拶も程々に 早速昔話の花が咲く
凛とした日本旅館着 早速温泉を愉しみ
まずは フライングのビールなり
晩飯は鰻重付 熱燗の酒に会話も弾む 
スナックが近くになくてよかった
あったら大変なことになっていた

潮来にはかつて葛飾北斎が訪れ
富獄三十六景常州牛堀を描いた
関東の片隅に広がる平野と湖水
縄文海進の頃 この辺は海だったそうな
湖水と果てなき平原の先に真白き富士と
筑波山と冠雪した日光の山脈を望む
やはり水のある風景はいいものだ

北浦の白鳥渡来地に本命は不在
鴨の群れが僕らに近づいてくる
先輩とは鹿島神宮駅前で別れる
次回は大阪でお会いしませう
是非スナックとやらに行きませう!

帰路 ちょっと佐原に寄ろうか?
関西の先輩に古い街並みでもないだろう
そう考えて潮来の旅館の選んだが
やはりあの街並みに敬意を表すべく
高速道路を降りて 佐原に立ち寄る

喫茶店に入ったら 女性がひとり
コーヒーを飲みながら雑談しているうちに
彼女のご主人は伊能忠敬直系の子孫と判明
忠敬は江戸期の学問の先進性を象徴する人物 
彼の遺物の大半が国宝に指定されている
家を守ることは何かと苦労が多いらしい
奥さんは 少しずつ 話し始める

忠敬直系の子孫として生を受けたことは
ご苦労様ですが 因果のもたらす数奇なる運命
そんなものとして 受け入れるしかないのでせう
奥さんに そんな話をして 店を後にした

次回は是非 ご主人にお会いしたと想う
また鹿島在住の先輩にも会いたい
さらに井上靖の友人で戦死した高安敬義氏
佐原の寺にあるという彼の墓地を参拝したい
幸いなことに(?) そんな宿題も残っている

またいつ日にか この地をまた ひとりひっそりと
訪ねよう そう己に誓いつつ 佐原を後にした
 

 以上令和六年如月の霞ケ浦小旅行の思い出を記しました。なお高安敬義さんとは、当時年寄り大学生であった井上靖さんの京都大学時代の若き親友にして、純粋哲学を専攻する稀代の大秀才だったが、先の大戦にて戦死。その墓地が佐原にあるらしい。が、今回はその場所を特定できず(幸いにして?)お墓参りは次回に持ち越しました。高安さんが戦地に赴く前に恩師に残した俳句を以下に記します。なおこの俳句は井上靖さんの自叙伝的小説「あすなろう物語」の中で、戦地に散った主人公の友人が、旧家の(実は彼ら友人達全員が同時期に憧れていた)未亡人に残していった俳句として、そのまま使われています。

この夏や 汗も血もただに 弁へず


松江追悼行

昨夏に 物故した友を偲び 
松江の街を 歩いてきた
故人と高校同級の 友人に再会
一緒に故人を偲びつつ 夜は一杯やる予定
ところが 彼の親族に不幸があり
終日 ひとりで 追悼することになった
事情があって 墓地さえ特定できず
その代わりに 僕は 松江の街を 
故人と対話しつつ 黙々と歩いた

松江は水の都 宍道湖と中海に面し
そこに注ぐ川に多くの橋がかかる
寺町は浄土真宗の寺院と神社が混在
とりあえず宍道湖畔にしばし佇む
故人は元気一杯の 笑顔の男だった 
病床の姿は似合わず だから静かに
ひっそりと逝った そんな気がした

30余年前に 訪れた場所を
端折ったりせず 忠実に歩く
松江城の天守まで登り 大山を眺める
歩くことは 祈ることに 似ている
僕にはそんな感覚があるのだ

稲荷神社の夥しい数の狐の石像
新旧の人々の祈りが漂う空間だ
ここは小泉八雲ゆかりの神社との由

堀の橋を渡り 八雲記念館へ
司馬遼太郎の随筆によると
八雲には妖精が見えたらしい
既に魔女裁判の世ではなかったが
敬虔なキリスト教徒の世界では
妖精は邪教の象徴である

そんな八雲は 精神を病み
渡米後は異国の文化に親しみを覚え
やがて古事記に導かれて渡日
最終的に日本に帰化して家をなした
子孫は日本社会に溶け込んでいる 
記念館の隣に彼の居宅がある
その庭園は日本的な美しいものだった

そして故人の母校へ
松江城の堀に面した武家屋敷群
その奥に 松江北高はある
清楚にして気品溢れる豊穣な空間!
お前はずっと恵まれていたよなあ!
溌剌とした故人の高校生活を偲ぶ

宿へ戻る 折角の松江なのに
僕はついつい 安物買いの癖が出て
酎ハイ1時間云々の 居酒屋へ
店員さんに誘導され 入ってしまった
それでもカニカマとカニ味噌コンビの天ぷらや
カニ爪クリームコロッケとカキフライの
山陰人の強烈な嗜好に共感したり
浜田の赤天とカニカマの製造の経緯を
考えて愉しむ 時に故人を想いながら

翌朝 親族の葬儀を無事終えた友が 
我が宿に 車で駆けつけてくれた
故人の眠る広大な霊園は 冷たい小雨の中
墓の捜索を断念 友人の自宅へ向かう

途中 神話に連なるふたつの神社を巡る
友人は出雲の歴史に明るい
小泉八雲にも詳しく 丁寧に説明してくれる
彼の自宅は農村にある古式な日本家屋
炬燵に入って 豊かな蕎麦としじみ汁
そして自ら摘んだという端正なお茶で
もてなしてくれた

全く素晴らしい風土だね! また来るよ!
Mがまた来いと言っている気がする!
友と再会を約し 空港へ送って貰う
短かったが 豊潤な追悼と再会の旅
ふたりの友の厚情を一身に浴びて
僕はそれを 唯々有難く 愉しんだ

この冬の ささやかな旅を振り返れば 
いつの間にか 暦は立春を伝えている

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