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外房捕鯨株式会社

千葉県和田浦の捕鯨会社からのプレスリリースです。

冬至の朝

  今日22日は冬至。朝の気温は6℃と低くはないが、風は強い。雲は少なく、水平線付近は見事な朝焼け。日出の30分前に歩き始めた。裏山の坂道を登り、降りたところでちょうど太陽が水平線から顔を出し始めた。折角の「冬至の日出」。今朝は太陽が完全に姿を現すまで、しばし海を眺めることとした。

 再び登り始めると、橙色の微弱な光が森の一部を照らしている。そんな光が点在していたり、橙色の光の帯に杉の幹の細い影が平行に並んでいたり。この「橙色の微弱な光」の寿命は短い。同じ径をほぼ同じ時刻に歩いていても、毎回印象は異なる。それは違った場所にて日の出を迎えているからであろう。それほどに、朝日は繊細なものなのだ。

 登坂時は瞑想する感覚で、極力無心に歩く。呼吸をもたらす横隔膜の動きに注意してみたり、時には目を閉じて歩く。太陽や海を眺めた後に目を閉じると、色のついた図形が見える。そしてそれはしばし持続するのだが、その色と形は日々異なる。これを「残像」というらしい。不思議と言えば不思議だが、今まで「残像」について考えたことはなかった。少し調べてみようと思う。

 坂の降りでは呼吸を整える必要もないので、いろんなことを考える。但し危険なので目は閉じない。今日はキリスト教のことを考えた(何だかとっても変ですねえ!)。最近書店には故立花隆さんの著作が並んでいる。彼の若き日のギリシャと中東の旅の本はとても面白いのだ。キリスト教は中東のパレスチナの地にて1世紀に生まれ、4世紀にローマ帝国の国教となった。つまり国教となるまで300年の時間を要しているのである。帝政ローマは絶対神への忠誠を帝国へのそれに優先させるキリスト教徒を迫害する。「殺されても殉教者は天国に召される」と信じる人々は信仰を捨てない。迫害・殺害されても、キリスト教徒は残る。300年に渡る莫大な数の殉教の末に、キリスト教はローマ帝国の国教となるのである。

 一方で中東においてキリスト教は、当初「ユダヤ教」の一宗派といった位置づけであった様だ。後に「ギリシャ正教」と呼ばれる様になる「地元のキリスト教」の諸派は、イスラム化以前の中東や東欧の(日本の神々に似た)ローカルな神々と穏やかに混淆する形で広がっていったらしい。故にギリシャ正教は、キリスト教発生時の面影を色濃く残す独特な宗教となった由である。

 とまあ、なんでまた坂道を下りながらそんなことを考えているのか?全くを以て奇異なことですが、まあそんなことを考える時間も個人的には貴重なものかもしれませんね。という訳で、ご容赦下さい。それでは。

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