外房捕鯨株式会社

千葉県和田浦の捕鯨会社からのプレスリリースです。

中学校の研究授業 プラス カラオケで愉快に防犯4 「刑務所ワルツ」

 中学校の研究授業に出席すべく、短期間房州に滞在し、また釧路に戻って参りました。慌ただしい一時帰郷でありましたが、久しぶりに彼岸花の咲く房州の秋の野辺の夕暮れを楽しむことができました。それと、この6月以来「捕鯨ないしは鯨を題材とした授業において、何を生徒達に与えることが出来るか」を自問しながら、中学校にて都合4回教壇に立ってきました。今回の研究授業はそれを総括するものとして、敢えて一時帰郷までして、出席したものです。
 研究授業のプレゼンとしての価値はともかく、私にとっては、生徒の発言から、その背後にある知識力・理解力が感じ取られ、深い喜びを感じました。「科学」、「文化」という言葉をよく理解して使っている。これらの言葉は捕鯨問題に関するキーワードですが、深い理解を伴わないこれらの言葉の多用は、論争を論争のまま放置し、異文化間の違和感・不快感ばかりを残す結果をもたらします。本来論争とは、異質なものの間を相互理解によって調整する役割を担うべきものだと思う。人の話をよく聞いて相手の立場、気持ちをよく理解すること。現場に身を置いて、自分の五感をしてなにものかを感じせしめ、それをまとめ上げで表現すること。それが「正しく理解すること」であり、それを出来た人の発言は一定の説得力を持ち得るだろう。そしてこういったプロセスを経て獲得された「理解」は、他者からの指摘(批判)に対して概して柔軟であり、その指摘をも吸収して益々堅牢な「理解」を築き得るものとなろう。生徒から「IWCを脱退すれば、鯨を獲ってもいいのでしょう?」といった発言も飛び出しました。これは、国際法(条約)と国内法の関係を生徒が感覚的に理解した証左とも言える発言です。いずれにせよ、この房州の地における「捕鯨ないしは鯨の学習」は、特に域内に現在進行形の生産・消費現場と歴史を抱えていて、加えて(良かれ悪しかれ)国際社会とも明瞭な形でつながっている、という意味において一定の価値があるものと実感することが出来ました。
 6月以来、中学2年生に何を教えていこうか、そしてどういった方法を採用すればその理解が進むのか、担当の先生と共に考えてきました。概して授業の前夜に教材の作成に頭を悩ませながら、それなりのものを完成させることが多かったが、こういった行為が自分自身の捕鯨という仕事に対する理解を整理することに役立った面は否定出来ません。研究授業という節目において、それなりに「修辞を施そう」という考えがありましたが、生徒を前にして思ったのは、「零細な捕鯨会社を存続させることは大変だが、そうすることに我が生を賭けて生活するのも悪くはない」という自分自身に向けたメッセージでした。そしてそれをそのままお話ししました。どぶ板選挙という言葉がありますが、零細会社稼業はまさに「どぶ板」そのものでありまして、そのどぶ板をどうするかを日々考え、処理していくことに他なりません。その処理を怠るとあっと言う間に零細会社は消滅してしまいます。だから常にどぶ板のことを考え続ける必要があるし、それを怠ることは怠慢以外のなにものでもないのです。ただ一方でどぶ板のことばかり考えるのが正しい生き方か?必ずしもそうとは言えないと思う。何らかの明確な目的を持って生きること、自分がこの世に存在していることの証を求めて生きること。そうすることが自分の精神衛生上好ましくもある。自分なりの価値観からして「格調の高い生き方」、もっと俗に言えば「格好いい生き方」を、求めてもいいのではないか。恥ずかしながらそんなことを考えるに到りました。
さて、久しく怠っていました「カラオケで愉快に防犯」の掲載を再開します。第4回目は「刑務所ワルツ」です。それでは。


「刑務所ワルツ」 (「星影のワルツ」の替え歌)
①刑務所暮らしは つらいけど
 仕方がないんだ 酒飲んだ
 ゆっくり落ち着いて アクセル踏んだ
 ぶつけるつもりはなかったよ
 逃げるつもりもなかったよ
 サイレンが近づいた 雨の夜
②一緒に暮らしたあの部屋も 
 二人で笑ったあの時も
 今では届かない はるかな夢ね
 私が飲ませたあの酒が
 私が握らせたハンドルが
 サイレンが消えていった 雨の夜

なお、今回はややこしい書評や防犯活動上の留意点は止めておきます。カラオケで愉快に防犯。みなさん、防犯活動にご協力下さい。以上

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