外房捕鯨株式会社

千葉県和田浦の捕鯨会社からのプレスリリースです。

さらば 夕焼けの街 釧路

 沿岸の捕獲調査を終え、明日住み慣れた釧路を発つことになった。先日台風が通過した後、どうやら気候が変わったらしい。釧路北西の阿寒連峰は台風通過の際に相当な積雪があった模様で、中腹部まで冠雪している。朝の気温は摂氏5度前後まで下がっている。海況は概して芳しからず。朝、陸では快晴無風であっても、沖では吹いていることが多い。捕鯨船(捕獲調査船)は日没を待たずに帰港することが多かった。

 そんな日、僕はよく夕刻4時頃宿を後にし、幣舞橋に向かって歩いた。釧路の夕焼けの風景を眺めに行くのである。幣舞橋の春のブロンズ像のあたりから海の方を眺め、弁天浜へ向けて適当に旧市街を闊歩。房州の海辺で育ったせいか、何となく海に向かって歩く習性を僕は持っている様だ。海を眺めていると不思議に落ち着くし、旅情のようなものが湧きあがってくるである。想えば、僕は随分といろんなところを旅してきたものだ。
 釧路は夕焼けの美しい街。聞くところによると、幣舞橋や米町公園は夕焼けを眺める場所として知られているらしい。水平線に沈む夕日も美しいが、僕は釧路の旧市街の家並みが夕日に染まる風景が好きだ。2軒の家の間を沈む夕日、家屋と樹木をシルエットに真っ赤に焼けた空。背後の東側の街並みは残照を受けて輝く。時にはそんな街並みに虹がかかったり。落日の風景は西空の雲の様子次第で全く異なった表情を見せる。今日はどんなふうに焼けるのだろうか?実際に眺めてみなければわからない。加えてその焼け方によって、街並みの風景は全く違った表情を見せてくれる。だから僕は性懲りもなく歩く。
 米町公園に辿り着くのは大体5時頃。すっかり馴染んだ釧路の夕刻5時を知らせる「恋は水色」が流れる。決して悲しいメロデイーではないのだが、毎年秋の釧路を滞在する僕には、物悲しい哀愁を帯びたものに感じられる。春には違った風に聞こえるのかもしれぬ。
 米町公園を後にし、南大通りの喫茶店に入る。南大通はかつての繁華街。釧路に赴任していた石川啄木が花街にて大いに遊び、「小奴と いひし女の やわらかき 耳朶なども 忘れがたかり」などと言うとんでもない(?)短歌を残した街である。しかし今ではすっかり寂れてしまい、大通りを通る車は少なく、黄昏の街は静かである。喫茶店で紅茶を飲みながら店の主と雑談する。この店では、紅茶を布のカバーで覆った大きなテイーポットで出してくれる。カップで3杯の紅茶を楽しむ。いつのことであったか、主から、コーヒー豆や紅茶の営業マンの話を聞いたことがある。営業マンは「一杯あたりの原価」を提示するが、主に言わせれば「そんな原価のことなんか考えていたら紅茶がまずくなるでしょう。」ということらしい。主はかつて会社勤めをしていたが、体を壊して、かつてご両親が靴屋を営んでいた土地に小さな喫茶店を建てたとの由。店で好みの音楽を聴きながら客に紅茶やコーヒーを出す毎日を静かに送っている。飲食店というビジネスの世界とは全く異質な何物かが、そこにある。
 店を出れば、すぐそこの段丘の寺院の上に巨大な満月が浮かんでいる。おぼつかなく浮かぶ月にこころを凍らせながら、宿に向けてとぼとぼと歩く。「さてさて今日は何を食べようか」と考えながら歩くのである。ひとりで食べる訳だから、止まり木の小さな店にしか足は向かない。店のおじちゃんやおばちゃんと雑談しながら食べるのである。干し魚で行くか、豚肉で行くか、野菜の煮物で行くか、或いは昔風の食堂に入ってから決めるか、などと考えながら歩くのである。残念ながら馴染みラーメン屋は今年主が物故し、閉まっている。
 こんな生活をしていると、小さな食べ物屋のおじちゃんやおばちゃんにある種の情がわいてくる。おじちゃんやおばちゃんも僕に対して情がわいてくるらしい。そんなことを感じるものだから、また僕は夕焼けの街に出かけていく。そしておじちゃんやおばちゃんと長話しながら、ついつい飲んでしまうのである。まあ困ったものだと言えばその通りなのだが、愉しくもあるし、嬉しくもある。それぞれの生を営む少数の人々が食べることを媒介に集い、こころを温めあう場所。僕はそんな場所に通っているのだとおもう。
 さてさて、明日はとうとう釧路を発つことに。後ろ髪を引かれる想いがします。釧路の皆さん大変お世話になりました。また来ます。それまでお元気で。さらば 夕焼けの街 釧路!

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