外房捕鯨株式会社

千葉県和田浦の捕鯨会社からのプレスリリースです。

回想-雪の中の祈り-

 
 春の捕獲調査で宮城県の鮎川に滞在中。朝は6kmの道を徒歩で通勤している。当地は未だ桜花開かず、早春の風情。歩いていると、いろんな想いが去来するが、こころの筋肉が収縮するようなことはない。概して穏やかな気分である。想えばこの冬から春にかけて塩野七生著「ローマ人の物語」全15巻を暇さえあれば読んでいた為、朝晩の散歩を怠ることが多かった。これにはわが愛犬も大いに不満であったと思う。可哀相なことをした。僕自身結構しんどい想いをした記憶が残っているが、今こうして歩くことによって、それらが消化されていくのを感じる。やはり歩くのはいい

冬に雪の湖北(琵琶湖北岸)を歩いた記憶が甦る。年初のこと、静岡の大学へ出張。その足で名古屋の友人に再会、土曜日の朝を名古屋で迎えることとなった。さて、どこかへ行こうか。僕は昔から出張ついでにいろんなところに行かせて貰っている。地図を見ると意外に琵琶湖は近い。かつて琵琶湖西岸の安曇川、朽木谷を旅したことはあるが、東岸には足跡を残していない。新幹線を米原で下車、湖北の木之本に向かうこととした。
 かつての北国街道の宿場町であった木之本は深い雪の中。往時の面影が残る街並みの中に旅館を見つけ、荷物を置いて散歩に出る。それにしてもこうも雪が多くては、皮靴では駄目だ。古風な商店街の中に小さな靴屋を発見。戸をあけて「こんにちは」と声をかけるが、返事がない。でも奥からテレビの音が聞こえる。大きな声で再度「こんにちは」と言うと、おばあちゃんが出てきた。「長靴は置いてますか?」と尋ねると、「すみません、去年までやっとったけど、やめてしまいました。ああ、でも在庫があったかなあ、捜してみましょう。」と。棚を見ると黒い長靴がいくつか置いてある。28cmのサイズを発見し、「おばちゃん、ちょうどいいのがありました。これを下さい。」と言うと「よかった、よかった、使うて下さい。御代は結構です。」と。まさか頂戴する訳にはいかず、お札を一枚おばあちゃんの手に押し付け、店を出る。こんな人情にほろりとさせられる。
 湖北は観音様の地としての有名。井上靖著「星と祭」でも紹介されており、宿泊地にこの木之本を選んだのはそんな理由もあったのだ。重文の観音様のある山側の寺へ雪の中を歩く。
 己高閣とは仏像等の収蔵庫であって、無住・廃寺となったお寺の宝物を安置しているところだ。戸を叩くが反応がない。周囲を歩いてようやく人を見つける。当地では年始以降積雪が続き、雪かきで大わらわなのである。収蔵庫の中の観音様を拝見する。確かに美しいと思う。だが鉄筋コンクリートの収蔵庫内の観音様は居心地が悪そうだ。その後石道寺まで歩く。ここも深い雪。矢印に導かれ、お堂の前の受付に。おじちゃんがお堂の中に案内してくれる。何とも美しい観音様だ。欅一本造の十一面観音像で、平安中期の作という。口紅をしたえらく柔和な感じの観音様で、おじちゃんが言うには、当時地元の娘をモデルに仏師が彫ったものと言う。小さなお堂の中に美しき観音様が佇む風情が何ともいい。おじちゃんが、「もう少し日が出ていればなあ、、西日がお堂に差し込むと観音様は本当にお綺麗やぞ。」と。お礼を言って、何だかとても満たされた気分になって雪の中を宿へと向かって歩く。途中の農家で雪下ろしをしているおじちゃんが「気いつけていけやあ。」と。よくよく見れば、お堂を案内してくれたおじちゃんである。そうだ、集落の人々で観音様のお世話をしているのだ。そしておじちゃんの先祖はそのお世話を長い年月続けてきたのであろう。
 宿に戻り一風呂浴びて、隣の寿司屋さんで晩酌。旅の食は何とも楽しい。鮎の稚魚の甘露煮を食べながら一杯、最後は鯖寿司でしめる。隣席の方から、各集落に観音様がおられ、それを輪番でお守りしていることなどをお伺いする。
 翌朝の鈍行列車で余呉に向かう。余呉湖には少々思い入れがある。琵琶湖北方の寒村の静かな湖水。そんなイメージに憧れていた。ひょんなことから訪れることができ、幸運である。羽衣伝説の残る古木の横を通り、余呉湖畔へと歩く。ところがそこには鮮やかな色の防寒着の群れが、、、、ワカサギ釣りである。少々ワカサギ釣りの様子を覗いた後、何の当ても無く山の方の集落へ歩いていく。雪の舞う八幡神社の急な階段の上でおじいちゃんが雪かきをしている。階段を登り「大変ですねえ。」と声をかける。「いやあ、えらいえらい。今度BBCが取材に来るゆうて、一度は断ったのやけど、やっぱり来ると。きれいにしておかにゃあならんので」と。でもおじいちゃんの声も笑顔も何ともほがらかである。相当な年齢の様だから、雪かきは体にこたえるだろう。でも毎日のように降り積もる雪。雪かきを怠ると、後が大変なのだそうだ。雪の舞う中、一人で雪をかく老翁の姿。雪をかく行為自体が、集落の人々に、ご先祖様に、この人の世に奉仕することであり、また神様に祈ることなのであろう。
その後余呉の駅まで戻り、高月町の国宝十一面観音像を拝観に行く。高月に国宝の観音様があることは、石道寺のお堂のおじちゃんに教えてもらった。この観音様も収蔵庫に収納されているが、またまた何とも美しい観音様であった。司馬遼太郎氏は「艶やかに過ぎる」と評したらしい。またこの観音様は甚だ数奇な運命を辿ったと聞く。そもそも戦国大名浅井家の保護下の寺に安置されていたが、織田信長との合戦で寺は焼失。人々が観音様を背負って土の中に埋めて、火事から守ったという。その後この地域は一向宗の勢力下に入ったが、集落の人々はこの平安期作の観音様をお堂に安置し、大切にお守りしてきたとのことである。
 ひょんなことから実現した、雪の湖北への小旅行。僕にとっては忘れ難い旅となった。雪に埋もれた祈り。雪の舞う空間、それに時間軸を加えた4次元空間に、人々の無数の祈りが漂っているのを感じた。確かに僕らの先祖は祈ることを常としていた。祈ることを忘れがちな現代人は、楽しいこと、苦しいこと、悲しいことを、唯物的に単なる偶然と割り切って、穏やかに生きることはできるのだろうか?僕は未だにおばあちゃんから譲り受けた黒い長靴を大切に使わせてもらっている。

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