外房捕鯨株式会社

千葉県和田浦の捕鯨会社からのプレスリリースです。

その春暮れては移ろう色の

 捕獲調査の期間延期がなされ、僕はまだ鮎川にいる。今年は天候不順でミンク鯨の標本採集が遅れている。今月下旬から和田浦のツチ鯨漁が始まる訳で、この延長は僕にとっては厳しいものだ。でもここでのストイックな生活も捨てたものではない。引き続き朝の徒歩通勤を励行している。
 それにしても藤の花の多いこと。かくも頻繁に藤の花を見たには初めての経験である。尤も野生の植物は概ねその開花の時期にのみ、その存在を人間に知らせるもの。歩くことを怠れば案外目に入らぬものかもしれぬ。6月といえば、もう夏の始まり。散髪屋のおやじさんの話では、6月に藤の花が咲いていること自体異常ということだ。
山々の木々の緑は幾分濃くなったが、まだ鮮やかな新緑のみずみずしさが残っている。今回の鮎川滞在中に所要で房州へのとんぼ返りを二度敢行したが、その際は房州のマテバシイの新緑が目に沁みた。かつては紅葉には風情を感じたものの、新緑には惹かれることはなかったのだが、、、これは歳のせいか?
 ここ鮎川での徒歩通勤で早春、春暁、百花繚乱、そして春の暮れ逝く様をずっと眺めてきた。歩きながら考えることは深みにはまることはなく、想念をこころから祈りの容(かたち)で吐き出すが如し。爽快であった。昔の記憶が甦ることもあった。そして今は「この春暮れては 移ろう色の」という明治45年に作歌されたという旧制高校寮歌の一節を反芻しながら歩いている。


その春暮れては 移ろう色の
夢こそ ひととき 青き茂みに
燃えなむ わが胸 想いをのせて
星影さやかに 光れる北を
人の世の 清き国ぞと憧れぬ

 かつて僕は、生まれ育った我が家を離れ、北の街へと旅立った。知への憧れ、原始の面影を残す北国の大自然への憧れを胸に。先日書いた「人生、この取るに足らぬ退屈なもの」に登場するO先生には「房州の田舎から何も知らずにのこのこ出てきて」と、何度か冷やかされた記憶がある。O先生の言われた様に、無知なる僕の生活は自分自身の抱いていた憧憬とはかけ離れたものであった。消極的な悪戦苦闘、積極的な悪戦苦闘、いずれにせよ悪戦苦闘であった。暗い顔をして寝て過ごす生活においてでさえも、何ものかが僕の内面に残った。所属していたクラブの先輩の言葉、「期待は裏切られても、旅は残る。旅は実にいい」。怠惰で何もしない時期も含めて、僕は旅をしてきたのだと思う。そして今、何かと忙しい。来春には齢50の年を迎える。案外僕はこの人生においてささやかながらも何事かを成す、成さんと努める時期を迎えているのかもしれぬ。
 先日のトンボ帰りの帰郷の際、南房総市と友好関係のあるベルギーでのホームステイに応募するかどうかで、長男が迷っていることを聞いた。「是非行って来い。」と助言した。些事と言ってしまえばそれまでだが、本人にとっては大変なことなのだろう。旧い年は逝き、新しい年が来る。春は立ち、やがて暮れ、夏が来る。かくして季節は巡る。ある人が生まれ、ある人が逝く。我が子供達は、かつて僕がそうであった様に、内面に希望や不安や悩みを抱えながら、否応なく、やがて旅立っていくのだろう。人間は、概ね例外なく、いくつかの場面(ステージ)を踏んで、形成されていく。それぞれの人の生は別個なものだが、ある限られた時間帯においてあまたの生が交わり影響を与え合い、それぞれの生が形成されていく。そんな感慨を持った。

という訳でして、僕のストイックな鮎川での生活もようやく終ります。もうすぐ帰郷し、そのまま夏の漁期に雪崩れ込むことになります。それでは。次は房州からまた何か書きましょう。

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