外房捕鯨株式会社

千葉県和田浦の捕鯨会社からのプレスリリースです。

アカデミー賞受賞作品「The Cove」について

ここ数ヶ月、表記の映画が話題になっています。僕としては、鯨を利用させていただいている業界の人間として、一応は目を通す必要はあろうかと思いつつも、気が重く積極的に観ようとすることはなかった。一方でこの映画に関する論争が昨日NHKのクロ-ズアップ現代で取り上げられ、僕も間接的にではありますが、その概要を知ることが出来ました。今自分自身感じていること、考えていることを以下少々書いてみたいと思います。

私がこの映画を「気が重く積極的に観ようとすることはなかった」理由は2つあります。一つ目の理由は、イルカを殺す、見るに耐えない場面を高い頻度で見るはめになるのが厭だったからです。牛や豚の屠殺の現場を見続けたいと思う方はおられますか?

尤も当地にて鯨体処理場を運営している弊社は、このブログにて毎日「鯨の解体情報」を流し続けています。どこかのブログで「外房捕鯨は、鯨の解体を公開し、「見てくれ見てくれ。」と一所懸命に宣伝している。」といったニュアンスの文章を拝見した記憶があります。この際、はっきりと説明しておきます。処理場を公開している訳ではない。物理的な理由から鯨体処理場は外からも見える構造になっているし、別段悪いことをしている訳ではないのだから、見たいという皆さんは見て貰って結構。逆に見たくない人々に見て貰おうと努力した覚えはない。加えて、地域の産業を学ぶことを目的とした小中学校の教育プログラムに関与したり、取材に来るプレスの皆さんと会話する中で、「人間と食の関係」を考察するのに、この現場はなかなか得難い場所であると考えるようになりました。中には「日本の捕鯨のショーウインドウ」と言ってくれる方もおられ、ご厚意には感謝しますが、いくら何でもこの血まみれの現場を「ショーウインドウ」は無いでしょう。それでも、捕殺が沖で行われていることはひとつの救いです。(太地では入り江(cove)でイルカの屠殺
が行われますが、追い込みという漁法故にそれは合理的な方法と考えます。)そして沖では、鯨と捕鯨船員の間でなされる壮絶にして神聖な瞬間があることは言うまでもありません。話が脱線してしまいました。映画の話に戻ります。

 二つ目の理由は、映画の制作者の悪意が私の仲間である太地の人々に向けられているのは自明であろうと感じたからです。昨日のNHKの報道で私の予想が正しかったことを確認しました。映画という媒体もメデイアの一部であり、それが「権力に対して絶えず説明責任を要求し監視する」機能を担う限りにおいて、多少の勇み足や誤報は、メデイアが後に謝罪することを前提とすれば、許容されるべきでしょう。しかしこの映画の制作者が悪意をもって、絶えず説明責任を求め、監視し、だまし討ち同様の手段を使って撮影した対象は、権力でも何でもない、イルカ漁を行う太地の零細な漁師さん達なのです。それを僕は許せないし、許さない。NHKの番組ではゲスト解説者が「このグローバル化の時代、太地の漁師さん達自身が反論すべきである。」といった趣旨のことを言われておりました。確かに論理的にはご尤も、正論と言えるかもしれませんが、僕には少々違和感がある。商業捕鯨ならぬ商業映画制作会社と同等の資金や時間を、太地の漁師さんが持っていると思いますか?映画制作会社と同等のメデイアとしての発信力を太地の皆さんに求めるのですか?彼らはイルカ漁もやりますが、海況がよければ毎日沖で魚を釣って生活している人々なのですよ。そんな映画を観ることによって、お金を支払うことは、製作者の悪意を認めるどころか、助長することに他ならない。僕はそう考えて、観なかったし、今後もお金を払って観る気は全くないのです。

僕自身、かつては毎年のようにIWC総会に出席していましたが、その中でずっと感じてきた違和感があります。かつてメキシコの有名なリゾート地の高級ホテルで開催されたIWC総会。一日の会議が終われば、広大なホテルのプールサイドのテラスにはアロハシャツを着た人々が名産のテキーラを使ったカクテルを片手に、リゾート地の夕暮れの一時を楽しんでいる。会議になれば、(無論英語の)難解な条約用語・生物学用語が、尤もらしく聞こえる論理に乗せて飛び交う。一体この集団の中に、実際に鯨を獲って生活の糧を得ている人々は何人いるのだろうか?そして反捕鯨国の代表やNGOの非難は、概ね日本国政府か、日本の捕鯨者の生業に向けられる。どこかおかしい。この世の中が間違っている。まあ、僕自身は高いお金と時間を費やした対価として、いい勉強をさせてもらったことには違いないが、、、

この映画に案内人として登場する人物は「わんぱくフリッパー」という米国のテレビ番組に出演し、イルカの訓練士として有名になった人らしいですね。僕自身、子供の頃この番組を楽しく観ていました。当時父親にイルカのことを尋ねたところ、「捕鯨船の沖に出る途中、頻繁に見えるよ。」と言われ、驚いた記憶があります。当時僕は鯨とイルカは全く別物と思っていました。彼が今回この映画に出演したことは「イルカの訓練士として、多数のイルカを結果的に殺してきた」ことに対する贖罪行為とされます。ただ、撮影されることを嫌う太地の人々の意に反して隠し撮りすることが、贖罪の手段として妥当でしょうか?想えばメキシコでのIWC総会には、米国のマグロ漁業の団体がNGOとして参加していました。彼等の悩みはマグロを対象とした巻網漁に大量のイルカが混獲されることでした。そのイルカを肥飼料でもいいから利用できないか、死骸を海洋に投棄するのはあまりに罪深い、と彼らは悩んでいました。米国は海産哺乳類保護法の国、でも混獲故に違法とはならなかったのでしょうが、彼らの悩みは深刻でした。そんな彼等の悩みを知りながらこんなことを書くのは少々気が重いが、今でも年間ベースで太地のイルカ漁の捕獲頭数とは桁違いの頭数のイルカが米国の巻網漁船に混獲(殺)され、海洋投棄されていると聞いています。これは米国内の問題だし、混獲を避けることが困難であることも分かるし、僕は批判する気はない。またそのイルカ訓練士が過去の自分の行為を悔い、個人的にそれを償おうとすることも構わない。しかし彼の個人的な贖罪が、「撮影されることを拒否している太地の漁師さん達をだまし討ちさながらの方法で撮影し、この映画をイルカの体から流れた真っ赤な血液と、彼ら自身虚偽と分かりきっている真っ赤な嘘でかためて、太地の人々を侮辱し愚弄する」という手段でなされる。そして彼はそれで「素晴らしい出来のドキュメタリー映画が出来た」と満足しているらしい。常識的に考えれば、彼はまずは彼自身の住む文化圏、国内において、彼の持つ贖罪意識を消化すべく努力するが筋でしょう。同じ文化圏・英語圏内であれば、変な誤解が生じることは少ないし、問題の本質も把握しやすいでしょう。ところが、彼のこの贖罪行為は、日本という異国、おまけに軍事同盟まで締結している国の民である太地の人々に、悪意をもって向かっているのです。ああそうか、同盟国ではなく、「属国」というのが彼の認識なのかもれませんね。「属国民よ、我が映画を観よ!」とでも言いたいのでしょうか? この部分は、このままブログに載せるかどうか、よく考えてから処理をしなければならない。仲間を侮辱された怒りからか、少々感情的になってしまいました。少し休憩してから書きましょう。

NHKの番組では、上映の妨害に悩む映画館の経営者の苦悩が紹介されていました。確かに上映する権利や鑑賞する権利は阻害されるべきではありません。映画館経営者の苦悩はわかります。ただ、どの映画を上映するかは、当然映画館の裁量で行うべきでしょう。事前に試写会は行われる訳だし、多くの報道に接することも可能であった筈。加えて、意に反して撮影の対象とされた太地の皆さんのご意見を直接聞くことも出来た筈です。その上で判断が、「上映する」であってもいいし「上映しない」であってもいいと思います。映画の業界のことはよく知りませんが、もし仮に配給会社から上映の圧力があったのなら、アメリカ流の独禁法の「優越的な地位の乱用」とか「不公正な取引方法」の咎で、公正取引委員会に告訴すればいい。

「少々」のつもりで書き始めたことが、随分と長く書いてしまいました。長い文章には無駄が多く困りものですね。でも書きながら、ひとつ決めたことがあります。この「The Cove」という映画のアカデミー賞受賞に到った投票プロセスの確認を要しますが、とりあえず僕は2010年以降のアカデミー賞受賞作品は一切観ないことにします。このグローバル化の時代、この映画にアカデミー賞を受賞させた人々、つまりこの映画に投票した人々は、映画館の経営者と同様に、事前に太地の人々の事実認識、気持ち、意向を聞くことは簡単に出来た筈ですから。以上

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