外房捕鯨株式会社

千葉県和田浦の捕鯨会社からのプレスリリースです。

被災地に立ちて

  久しぶりにブログを更新します。長らくご無沙汰し、恐縮です。

 一昨日昼に和田浦発、昨日被災した弊社鮎川事業所を訪れ、多くの従業員との再会を果たしてきました。そして大忙しで皆さんに集めていただいた救援物資を渡してきました。被災地の皆さんは、この寒い中、水無し・電気無し・暖房無し・ガス無し・ガソリン無し、従い温かい食べ物は皆無。一方で余震は続き、それに怯える。そんな生活を強いられています。物資には大変喜んでいました。お見舞いいただいた皆さん、物資をご提供下さった皆さんに対し、こころより御礼申し上げます。

 なお、津波に洗われた当地の惨状は目を覆うばかり。それでも、弊社の捕鯨船の乗組員と鮎川事業所の従業員全員の無事を自分の目と耳で確認することが出来ました。しかし、従業員の一部には近い親族を失った人、その所在が確認出来ない人もおり、心を痛めています。なお、鮎川の同業の会社である、戸羽捕鯨・鮎川捕鯨の皆さんも全員無事と確認出来ました。ご心配いただきました皆様、有難うございました。以上報告させていただきます。

 昨日午前中に鮎川を後にし、トラックに揺られながらの帰路、いろんな想いが心を去来しました。感じたところを以下、散文詩と短歌の形式で表現してみました。皆様におかれましては、今回のこの国難、それぞれ何らかの形で復興にご協力していただけることを切に希望します。



被災地に立ちて

地震発生後の一波と二波の到来した
たった30分かそこらの時間に
昭和35年に三陸を襲ったチリ沖津波以来
人々が営々と積み上げてきたものが
全て流された 

昭和の三陸地震から80年近く、
明治の三陸地震から110余年、
人々の生活の痕跡が、
削りとられるように
流されてしまった

学説によると今回の東北関東大地震の規模は
一千年に一度のものだと言う
つまり一千年の間
三陸の人々の残した踏み跡が
おおかた流れてしまった
そういうことになる

被災した三陸の捕鯨の集落(まち)
その集落の背景には
凪いだ3月の青い海が広がっていた
多くの人々を飲み込んだ海は
今日はさざ波の穏やかな表情を見せている
海に陽の光が差し入りキラキラと美しく
そして無情に輝いている
岬の断崖に自生する松の枝振りは
彫金の様に繊細で美しく、
無言の言葉を語りかけているかの様だ
「人々よ 生きよ」と

茫々とした時の流れの中で
なされてきた人の営みの儚さ(はかなさ)
それでも人は助け合い、支え合い、
時にはそれに生き甲斐さえ見いだして
今を生きてゆく



(救援物資を届けてくれた皆さんに感謝しつつ)
助けられ 次は助けん 寄り添わん
ゆかしき生き物 われらはヒトなり

(復興を祈念して)
何もかも 削り流さる 三陸の
瓦礫(がれき)の集落(まち)に 響けよ槌音
(つちおと)

 | HOME | 

FC2Ad

プロフィール

gaibou

Author:gaibou
FC2ブログへようこそ!

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する