外房捕鯨株式会社

千葉県和田浦の捕鯨会社からのプレスリリースです。

初漁で2頭。明日7/4の解体は1頭目を午前7時開始。地元の子供達の見学を実施。

 本日7月3日は2頭の捕獲。待ちに待った初漁であります。明日7月4日は1頭目の鯨を午前7時に引き揚げ、解体します。もう1頭は午前11-12時頃解体開始の見込み。

 明日は1頭目の鯨を対象に、地元の小学5年生の見学会を実施します。子供達は6:50集合。子供達が揃うのを待って、鯨を引き上げます。今季はなかなか獲れず、散歩中に何度も子供達から「鯨は獲れた?」と声を掛けられました。漁民館にて子供達に鯨カツを食べさせてくれる漁協婦人部、鯨食文化研究会の皆さんも、この行事が終わらないと、なかなか落ち着きません。子供達の笑顔の溢れる愉快な行事になるといいですね。事故のないように気をつけていきたいと思います。漁民館での朝食終了後、子供達に簡単な授業をしますが、その内容を参考まで以下に書きましょう。
和田町の捕鯨の説明(教員用)

(A)捕鯨の歴史について
(1)今日解体を見た鯨の種類は何ですか?
ツチ鯨。鯨には髭鯨と歯鯨があるが、歯鯨の仲間では抹香鯨の次で2番目に大きい。
海深く潜って餌を食べる。潜ったら40分は出てこないのが特徴。
房総沖の水深1000-2000米の海域に毎年夏に回遊してくる。

(2)今年、ツチ鯨は何頭水揚げされる予定でしょうか?
和田で26、石巻市で26、網走で4、函館で10、合計66頭。

(3)房総でツチ鯨を獲り始めたのはいつ頃のことでしょうか?
  記録によると、内房の勝山(現在の鋸南町)にて17世紀初頭には始まっていたようです。(400年近い歴史) 船数57隻、500人以上の人々が捕鯨に従事。17世紀後半から18世紀前半に組織化。今でも勝山地区は鯨が売れる地域。

(4)和田町でツチ鯨を獲り始めたのはいつ頃のことでしょうか?
昭和23年(1948年)に和田町で捕鯨が始まり、昭和24年(1949年)に
外房捕鯨が設立されました。57年の歴史。当時既に東海漁業という会社が白浜町の乙浜で捕鯨をしていた。その会社から捕鯨船の権利を購入した。

(B)鯨の解体について
(1)鯨はどうやって獲るのか? 
  *乗組員7名、うち5名がトップ(マスト)にて鯨を目視し、船を鯨に近づける。
  *砲手は甲板長の指示に従い、大砲で銛を撃ち、鯨に命中させる。
  *銛には羽が付いており、命中すれば簡単には抜けない仕掛けになっている。
  *射程距離は50米以内。槌鯨は敏感な鯨なので、船が近づくとすぐに潜ってしまい、
   一旦潜ると40分は出てきない=獲ることがとても難しい鯨=砲手の苦悩

(2)今日鯨の解体を見学してみて、1頭の鯨は大きく分けて4つの部分に分けるとしたら、何と何と何と何?    肉、皮(脂肪層)、内臓、骨

(3)肉はどんな食べ方をするのでしょうか?
 *房総では、鯨のたれ(干物)、揚げ物、煮物で食べる。柔らかい肉。翌日解体。
 *牡鹿町、網走、函館では、船が入港し次第解体。=鮮度のいい堅い肉をお刺身で。

(4)皮はどんな食べ方をするのでしょうか?
 *房総では皮は食べる習慣がない。=昔は油を絞って、防虫剤、潤滑油として使用。
 *新潟から東北地方の日本海側では、塩蔵した皮を出汁にして鯨汁を食べる。
 *日本各地で食べ方、好まれる部位が異なることに注目。

(5)骨や内臓はどうするの?
 *骨は昔は骨粉をつくり、枇杷農家に販売していた。今は製造せず。処理業者へ。
 *内臓が一晩鯨を港に放置する為、ほとんど腐敗してしまう。処理業者へ。
 *小腸は百尋と呼ばれ、長崎では正月に欠かせない料理。その他、腎臓、胃袋、舌などがよく食べられている。

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