外房捕鯨株式会社

千葉県和田浦の捕鯨会社からのプレスリリースです。

吹く風を心の友と

  今日は梅雨の晴れ間。曇天の日が続いていたので、今朝は少し驚きました。丘々の緑は未だ若く、陽光に柔和に輝いている。吹く風も爽やかで、未だ晩春の風景と感じます。
今日も備忘録より釧路にて記した詩を一編紹介しましょう。


吹く風を心の友と  中原中也

吹く風を心の友と
口笛に心まぎらはし
私がげんげ田を歩いてゐた十五の春は
煙のやうに、野羊のやうに、パルプのやうに、
とんで行つて、もう今頃は、
どこか遠い別の世界で花咲いてゐるであらうか
耳を澄ますと
げんげの色のやうにはぢらひながら遠くに聞こえる
あれは、十五の春の遠い音信なのだらうか
滲(にじ)むやうに、日が暮れても空のどこかに
あの日の昼のまゝに
あの時が、あの時の物音が経過しつつあるやうに思はれる
それが何処か?――とにかく僕に其処へゆけたらなあ……
心一杯に懺悔して、
恕(ゆる)されたといふ気持の中に、再び生きて、
僕は努力家にならうと思ふんだ――


 「滲(にじ)む様に、日が暮れても」という表現に、作者の直情的な悲しみを感じます。
小林秀雄がエッセイの中で、「中原の心の中には、実に深い悲しみがあって、それは彼自身の手にも余るものであったと私は思っている。」と書いています。そんな悲しみを「心まぎらわす」為にか、「煙のやうに、野羊のやうに、パルプのやうに」といった不思議な表現をしてみたり、「とにかく僕に其処へゆけたらなあ」とつぶやいてみたり。この詩も恐らく中学か高校の国語の授業で学んだものと思われますが、僕は当時何故か「僕は努力家にならうと思ふんだ――」という言葉に引きつけられました。尤も最近は「無理なことは無理」と諦めておりますが、作者同様に「かつての自分の生」をいとおしく想う感覚はありますね。それでは。

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