外房捕鯨株式会社

千葉県和田浦の捕鯨会社からのプレスリリースです。

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IWC総会開催中

 15日より、旧ユーゴスラビアのスロベニアにて、国際捕鯨委員会(IWC)総会が開催されています。今年は件の捕鯨裁判の影響か、プレスの報道も多く、昨晩はNHKで当地釧路での捕獲調査の模様が報道されました。

 僕自身はかつて毎年の様にこの総会に出席していたが、2007年のアンカレジ総会以来久しくご無沙汰しています。鯨を(屠殺して)食べる文化とそれを保護・愛護対象と捉えるそれとの関係は、まさに「水と油の関係」。尤も僕の持論では「後者が前者を認めて棲み分けを図ろうとする理性を持たない限りにおいては」という条件が付きますが、残念ながらその条件は十二分に満たされている。従って「水と油の関係」は不本意ながら堅牢であり、毎度毎度の不毛な議論が続く。そんな訳で各国の代表団がうんざりしている面もあってか、かつては毎年開催されていた総会は最近では隔年で開催されています。

 本件、もう少し詳細に考えてみましょう。一般に「食べる文化」は「愛護対象とし、食べない文化」に対して寛容です。「俺らは食うけど、あいつらは食べない。まあこの世の中、よくあることだ」と。一方で「愛護の文化」は「食べる文化」に対してはあまり寛容とは言えませんね。時に動物愛護団体が「鯨肉は水銀で汚染されていて危険だ。」と一所懸命にHP等で広報活動をしているのを見ると、もう少しまともなやり方があるのでは、と思ったりもします。「愛護」の主張を「食べる人々の健康の問題」に置き換える論説は、感心しませんね。「鯨肉はとても健康にいい」ということになったら、まさか「鯨を食べて健康に!」なんてPRする気は毛頭ないのでしょうから、結局沈黙することになりますね。そういうのは、みっともないので、最初から言わない方がいい。

 また、「愛護の文化」の「愛」という言葉。「食べる」という言葉と比較すると、専ら人間の感情に関するもので、いかにも意味が曖昧です。

美しい「花」がある、
「花」の美しさというものはない

 これは小林秀雄の発した有名な言葉です。これは「美しさ」即ち「美学」を観念的に恋々と論ずる輩に対する苦言といった性質のものかと思う。そういった意味においては、我々の側は「鯨」という生き物を観念的に捉えるのではなく、その現物を見たり、獲ったり、ばらしたり、食べたり、業務外では水族館やウオッチング船で観察したりもして、重々体感・実感している。「鯨」を「花」に喩えれば、「花」はいつも我々の身近なところにあり、我々はそれを常々「美しい」と感じる。ひょっとしたら、「愛護しながら食べる」という感覚・感情もあり得るかもしれませんねえ。無論「一目惚れ」というのもあるが、身近に一緒に過ごしている中で生まれてきた愛の方が余程健全で堅牢なのではないかしらん。何だか馬鹿なことを書いてしまった気がしますが、まあそのまま掲載してしまいましょう。

 とまあ、常々そんなことを考えながら働いているので、IWC関連の報道に接すると強烈な違和感を得ることはよくありますね。以下、時事通信社のIWC総会開催に関する極めて客観的な報道より、一部を抜粋し、私なりの感想を書いてみましょう。


 
「日本は「ICJ判決は調査捕鯨そのものを否定しているわけではない」(水産庁)として加盟国の理解を求めたい考えだ。これに対し、欧米など反捕鯨国を中心に反発も予想される。」

 僕の感覚で言わせて貰えば、「理解を求めたい考え」という姿勢は随分友好的なものですね。同じ条約の条文・同じICJの判決を読んで、「その解釈が180°違う」ということは本来考えられません。そもそも裁判所の判決の解釈で大いにもめるのであれば、裁判所の存在する意味がない。従い常識的には「理解を求めたい」という姿勢ではなく、「条約及びICJの判決に基づき要求する」姿勢で構わないと思う。ところが「欧米など反捕鯨国を中心に反発」は、「予想される」どころか過去の反捕鯨国の姿勢からして「最初からわかりきっている」ことです。反捕鯨国の政府は国内に捕鯨者が存在しない訳だから、専ら国内の動物愛護団体の利害さえ満たされればいい。それが彼らのIWC総会における姿勢です。


「反捕鯨国のニュージーランドは今回のIWC総会で、調査計画の評価手続きを厳格にする決議を提案する。決議に拘束力はないが、採択されれば、反捕鯨の国際世論が一層熱を帯びる可能性がある。」

 確かに「反捕鯨の国際世論が一層熱を帯びる可能性がある」かもしれないが、その世論は果たして公正なものでしょうか?公正でなければ、それに阿ることなく、正々堂々と日本国政府の主張を淡々と説明し続けるべきでしょう。

 上記想いが溢れ、少々勇ましいことを書きました。但し政府間交渉においては、無論いうべきことはきちっと言うべきですが、一方で相手の話をよく聞いて、相手の立場を深く理解することは大切なことです。同じ人間なのだから。時には妥協することも必要なことでしょう。日本の代表団はそういった流儀で交渉にあたられているものと思いますし、個人的にはそういった姿勢は好ましいものと感じています。

 「妥協は人類の獲得した英知」であることは間違いない。しかしかかる妥協の結果このIWC総会終了後に具体的にどんなことが起こるか、皆さん考えたことはありますか?反捕鯨国には捕鯨者は存在しないので、妥協の結果としてそれらの国の人々が何か業務上の義務を負うかというと、それはほぼ全くないのです。一方で我々日本の捕鯨者や科学調査を担当する科学者に対しては多種多様な要求がなされ、我々は逐一それらの要求に対応しなければならない。無茶苦茶な要求する連中が何の義務を負わず、要求を受け入れる側の人々、即ち捕鯨国の捕鯨者や科学者が甚大な、時には極めて理不尽な義務を背負わされる。まあ、国家間交渉はそんなものかもしれませんが、「国」を「人間」という言葉に置き換えれば、これはどう考えてもまともな「人間関係」ではありませんね。でも「相手の話をよく聞いて、相手の立場を深く理解」しなければならない?
たまったもんじゃあねえよ!
馬鹿馬鹿しくてやってられるか!
それでは。

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