外房捕鯨株式会社

千葉県和田浦の捕鯨会社からのプレスリリースです。

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神無月 好日 荒日 口実

 10月も残すところ僅か。最近週末は晴天に恵まれている。先週末は久しぶりに花嫁街道(和田町の誇る里山の遊歩道)を歩こうかと犬を連れて出発したものの、知人との立ち話の中でふと「どおくぼ」で行ってみよう、という気になった。小学校の低学年の頃、遠足で彼の地の堰まで歩いたこと、堰のほとりには薄紫の釣鐘草が咲いていた記憶が僅かに残っている。花嫁街道入口付近から続く林道はよく整備されたもので、彼の堰は立派なダムの様相。思いの他、谷が深いのに驚かされる。山里の風情を愉しみ、海に出て和田浦の港、砂浜を経由して帰宅。そして今朝は先週末の埋め合わせに、やはり犬を連れて花嫁街道を歩いてきた。やはりマテバシイの森は美しい。白い升麻(しょうま)の花が多かった。この植物は発汗促進・解熱の効用のある薬草らしい。小さなマムシに遭遇したが、立派に鎌首を擡げている。犬がやられては適わないので、慎重にストックで追い払う。黒滝は結構な水量があって豪快であった。まさに、神無月好日であった!

 尤もこの10月の天候は変動が激しかった。帰郷後の2回の週末は台風が通過し、風雨激しく吹き荒れた。それでも、一回目は東京にて土曜の朝を迎え、吉永小百合さんの映画「不思議な岬の物語」を日本橋の映画館で鑑賞。我が友が建設を企画したコレド室町なる重厚なビルの中の立派な映画館。封切初日の朝一番の放映の割にはガラ空きであったが、まあ快適ではあった。長い時間ではないが、わが和田浦の風景が美しく表現されていたこと、さらに地味ながらも美しい物語であったことに満足する。翌日は久しぶりに地元の祭礼に参加。幼稚園生を含めてたった5人の子供神輿を手伝う。少子化の影響は深刻である。それでも、知恵を働かせ何とか続けていきたいものです。集落の皆さんは寄付を持って、子供達の木遣り歌を待っていてくれるのだから。こればかりは大人が代役を出来ない。当集落には多数の木遣り歌が伝わっているが、その中からいくつかを紹介しましょう。

「船は出てゆく 煙は登る 遠くなる程薄くなる」
見事な情景描写。なかなかいいものですね。

「仁我の天皇様 小豆が嫌いで豆が好き」
仁我(にが)とは集落の名称。天皇様とは神社の神様のこと。結構古い木遣り歌かもしれません。

「仁我の海岸で アベック見つけ 子供によくないことばかり」
戦後・高度成長期の都市の自由な雰囲気と、南方系の習俗とされる若衆(青年団)の「よべ」(夜這い)の世界が微妙に混ざっている感じがしますね。

 今週は12月並みの寒さに加え、よく雨が降った。犬に用を足させる暇さえない絶え間なき雨天が続く。ようやく晴れ、雨上がりの朝の散歩を楽しむ。百舌鳥(もず)と思しき鳥がキンキンと激しく鳴いている。「百舌鳥だろう」と直感したのは、新見南吉著「ごんぎつね」の以下の一節を思い出したからだ。

「雨があがると、ごんは、ほっとして穴からはい出ました。空はからっと晴れていて、百舌鳥の声がきんきん、ひびいていました。」

 まさに秋の長雨の後の晴れ間という、同じ場面。たった今YouTubeで百舌鳥の声を確認してみたが、どうもその様です。一方で、サトウハチロー作「小さい秋」の一節「呼んでる口笛 百舌鳥の声」。この「百舌鳥の声」を「口笛」はないでしょう、と思う。そうか、この「呼んでる口笛」と「百舌鳥の声」は同格・別物であって、鬼ごっこの最中に「口笛」も「百舌鳥の声」も耳に入ってきた、ということだ。そう合点した。

 和田の浜では定置網の網入れの準備をしるが、この10月の海況は陸の天気よりも相当に悪かった様で、なかなか網を入れることが出来ず。こればかりは如何しようもない。我が生活も同様。昔から大風呂敷を広げて自己嫌悪に陥る性分。ただ多少歳を重ねると、陥った自己嫌悪の状態がいかにしょうもないことかはよくわかっている。そんな訳で例によって怠けてしまっても、都合のいい言い訳・口実を付けたりして、まあ要するに「ぼちぼちやってます」というところでしょう。

 日々是好日に非ず、日々是荒日にも非ず、
日々是口実也。それでは。また書きましょう。

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