外房捕鯨株式会社

千葉県和田浦の捕鯨会社からのプレスリリースです。

当世捕鯨問題考―沿岸捕鯨の現場より―

(はじめに)
 1991年にアイスランドのレイキャビックで開催された国際捕鯨委員会(IWC)の年次総会に初めて参加。当時の島一雄日本政府代表の「適切な資源管理がなされるなら、漁業ほど環境に優しい産業はない」という言葉に感銘を受け、無鉄砲にも1993年に勤務していた日本水産(株)を退社。同年家業である沿岸小型捕鯨業を継承すべく、生まれ故郷である房総半島南端の和田町(現南房総市)に戻りました。それより茫々20年。未だ捕鯨を巡る国際論争は解決されず、時々新聞紙上を賑わしています。また、その内容は従前の「鯨類資源の管理手法に関する問題」から「条約上の科学調査の定義」、「生命倫理・動物愛護の問題」に到るまでの、広範な論点から報道されています。それが捕鯨問題は複雑怪奇、とされる所以かと思われます。一方で江戸時代初頭発祥とされるツチ鯨を対象とした房州捕鯨をささやかに継承している我が身としては、報道に違和感を覚えることは多い。ここ20年間房州の沿岸捕鯨の現場に身を置いてきた捕鯨者の立場・感性から捕鯨問題を論じることは一定の価値があるのではないか。そう考えて投稿させていただくことにしました。

(捕鯨は漁業である)
 捕鯨とは文字通り「鯨を捕獲する」行為であり、「水中の生物資源を食用等の目的で採捕する」行為に他なりません。従い「漁業」という範疇に含まれることは間違いない。そして、その漁業資源が適切に管理されている状況においては、その漁業活動を実施することには何ら問題のない筈です。
 一方で人間社会は多様な文化圏から成り、特定の動物を神聖視し、その肉の摂食をタブーとする文化圏も存在します(例:インドの牛)。鯨愛護は、戦後環境保護運動が活発化した頃に欧米社会を中心に形成された比較的新しい文化と考えられますが、それは現存する文化・価値観として尊重すべきでしょう。然るにその価値観を、鯨を「食べ物」と見なしている文化圏に押しつけるのは如何なものか?私は職業柄よく外国のプレスの取材を受けますが、「即刻捕鯨を止めなさい」という主張に対しては「神がそれを望んでおられるのですか?」と答えることにしています。「神がそれを望んでおられる。」これは第一次十字軍を扇動したローマ教皇ウルバヌス2世が発した有名な言葉です。

(沿岸捕鯨者の憂鬱)
 現在当地では毎年夏に捕鯨船2隻で26頭のツチ鯨が捕獲・水揚げされていますが、このツチ鯨なる種は国際捕鯨取締条約のリストに掲載されていない、条約管轄外の鯨種です。故に日本国政府の管理の下、商業捕鯨モラトリアム(一時停止)以降も淡々と続けられています。なおこの条約は1946年に採択されたものですが、当時の国際社会はこのツチ鯨という鯨種を認知していなかった。そのことが条約のリストに掲載されていない理由とされます。尤もこの条約は主に南極海での母船式捕鯨を規制する目的で書かれたもの。日本沿岸のかくも獲りにくい鯨に目が向かなかったことは当然至極と思われます。一方で沿岸小型捕鯨の主要対象鯨種で、北日本や日本海沿岸で馴染みの深いミンク鯨はこの条約のリストに掲載されているので、資源が豊富であっても獲れない。 
 さらに、海の憲法と呼ばれる「国連海洋法条約」は、距岸200海里以内の水産資源を利用する権利とそれを管理する義務は沿岸国にあると規定し、これは国際社会の常識となっています。然るに、時代遅れの国際捕鯨取締条約は「全ての水面」を規制対象としている。故に例えば道東の港に迷い込んだミンク鯨は捕獲禁止、港外に逃がしてやらねばならない、といった嘘の様なことが本当に起こる。
 私達沿岸小型捕鯨の操業範囲は概ね領海内(12海里以内)、乗組員数6人程度の捕鯨船がたった5隻稼働しているに過ぎない。こんなささやかな日本沿岸の漁業を、厳重な国際社会の監視下に置く意味があるのか?逆に欧州内陸部の小国がEUとのお付き合いでこの条約を批准さえすれば、我々のささやかな漁業を規制する権限を獲得出来る。「鯨を苦しめてはいけない、家畜の瘏畜場並みに即死させよ」といった無理難題が押しつけられる。この点こそ私が長年抱えて来た憂鬱の正体であり、日本国政府に対して「条約からの脱退」を主張する根拠でもあります。

(南極海での捕獲調査について)
 昨年3月末に国際司法裁判所が、日本鯨類研究所が南極海で実施している捕獲調査計画(JARPAⅡ)の差し止めを命じる判決を発表し、各紙は一声に「日本敗訴」と報じました。しかしこの判決文の要約を読めば、それは日本の「科学調査目的での鯨を捕獲する権利」を明確に是認していることがわかる。さらに「科学調査目的で捕獲した鯨の加工(利用)義務」も確認している。「日本全面敗訴」という言葉は必ずしも当たっていない。そんな印象を持っています。但し「実は鯨肉を売りたい・食べたいから、科学調査目的で鯨を獲る」という見方をされると、支持は得にくいですね。「食べたいから鯨を獲る」という姿勢の方が余程わかりやすいと思う。ただ、それが出来ないから困っているのです。
 捕獲調査をする立場からの言い分もあります。鯨類の資源管理は、概略目視調査によって資源量を推定し、生物調査によってその資源量の動向・妥当性を検証していく方式を採っています。「目視調査」、即ち鯨を発見してその鯨種を特定し、一定海域における鯨種毎の発見頭数を算出する調査は、商業捕鯨時代に蓄積された「船員の眼力」に全面的に依存しています。例えば素人が船のトップで鯨を捜しても、発見数は熟練した船員の1割にも満たないでしょう。そうなると資源量推定値は1割未満になってしまう。
 加えて、実際に鯨を獲らねば鯨体の生物調査は出来ず、資源管理上必要なデータを入手出来ないのは自明なこと。歴史的に日本人は鯨体の多様な部位を利用してきたので、鯨体に詳しい。日本の解体技術はそれを反映した洗練されたものであって、生物調査の実施に大きく貢献しています。なお、JARPAⅡでは胃袋の中味、即ち鯨が何をどれだけ食べているかを調べますが、反捕鯨国の学者は「糞を調べればわかる。獲る必要無し」と主張します。しかし鯨を追いながらその脱糞を確認出来る事例は恐らく数百頭に1頭といった確率でしょう。また、水中に漂う糞をどう回収したらいいのか?昨秋、捕獲した鯨の糞を海中に落とし、それを昆虫捕獲用のネットで回収する実験が実際に行われました。その実験結果の詳細は確認していないが、何だかピンときませんねえ。いずれにせよ、科学調査目的であれ、食べる目的であれ、鯨を獲り続けないと鯨のことはわからない。故に「資源状態に拘わらず鯨を一切獲らない世界」の到来は、人類が鯨類に関する新しい知見、それを立証するデータ、さらにはデータを獲得する為に必要な熟練の技術までも喪失することに他ならない。鯨食文化を持つ少数の国が捕鯨を続けることは、むしろ人類にとって価値の高いことではないか。これが私の持論です。
 霊長類研究の専門家である京都大学の山際寿一先生は友人の取材に応じ、「何故日本が霊長類の研究をリードするのか。それは充実した研究施設を有する先進国の中で実際に霊長類が生息しているのは日本だけだからだ。」とおっしゃったと聞いています。鯨という生物に大変お世話になってきた我々日本人。実証的な鯨類研究を地道に続けることこそが長い目で見れば国際貢献になるのではないでしょうか。最近水産庁がマグロやウナギ資源の国際管理をリードする姿勢を示していることに希望を感じています。さらに調査母船やキャッチャーボートを使って、南極海での科学調査の範囲を鯨類以外に広げることも可能でしょう。それを実施出来る国は日本しかないのだから。欧米の科学雑誌は日本の鯨類捕獲調査のデータを使った論文の掲載を拒否していると聞きますが、地道に正しいことを続けていればいずれ認められる時がくる筈だ。そう考えています。

(IWCの正常化を悲観視、されど続けていく)
 国際捕鯨取締条約はその目的を「鯨類の適切な保存を図って捕鯨産業の秩序のある発展を可能にすること」と規定しています。しかし反捕鯨国が「捕鯨産業の壊滅」を意図していることは明らかです。一方日本国政府は、科学者の職業倫理に期待してIWCの科学委員会での議論を重視、局面の打開を狙っています。されど「捕鯨産業の秩序のある発展」と「捕鯨産業の壊滅」いう論理的に相容れない2つの目的を持った国家間の議論が建設的なものになり得るでしょうか?私はIWCの正常化については極めて悲観的です。
 以上、愚痴や苦情ばかり書いてきた様な気がします。しかし仕事は基本的には愉快にやらねばならぬ。皆さんと一緒に愉快に過ごす「地区陸上大会」を「チクリ苦情大会」にしちゃあならない(立川談志婁さんのネタを拝借)。振り返ってみれば、捕鯨の仕事をする中で多くの人々に出会い、貴重な体験が出来たのも事実。この厄介な仕事を続けているご褒美と言えるかもしれません。
 夢に鯨が登場して以来鯨を神と崇め、鯨愛護者と捕鯨者の友情の物語、その映画化に血道をあげている豪州人がいます。私が鯨と一緒に泳ぐ映像を撮影したいとの要請に応じ、私は3年前に沖縄の久米島へ、昨年はカリブ海のハイチを旅しました。ハイチでは最終日にマッコウ鯨の群れに遭遇。カリブの真っ青な海の中を、2頭の子鯨と共に漂う、幻想的な体験をしました。
 15年間夏の漁期に続けている地元小学生を対象とした解体見学からも多くのことを学びました。当初は地場産業の学習、体長10米の鯨体(死体ですが)を見る稀少な機会を提供する、といった目的で始めたことですが、子供達の視線が解体をする人間の作業に向けられていることに気づきました。脂肪層を剥がす作業では「おじちゃん、上手だねえ。」といった反応。確かに、かつて下校途中に見られた人々の働く姿が屋内に移り、最近見えなくなったことに気づかされました。一方で鯨体から大量の血液が流出する場面では女の子達の悲鳴が上がる。女の子は顔を両手で覆いますが、指の間からは鋭い視線が、、、やはり女はたくましい!鯨カツの朝食後の「大変なお仕事の成果、大事に食べさせて貰います」という子供達の言葉。血まみれの鯨体処理場は、最近は期せずして「食育の場」になった感さえあります。そう言えば、かつてドイツのFZ紙の記者が「捕鯨と食育が結びつくとは」と唖然としていたっけ。
 淡々と仕事を続けていれば、時に事態は当初想定さえしなかった方向に動いて行く。そんな実感があります。江戸時代の鎖国政策の影響で遠洋捕鯨(実質的には製油産業)には乗り遅れたものの、沿岸集落に食料としての鯨を供給することにより、その多様な部位の利用方法を開発し、それらを知恵・技術として後世に伝えた日本江戸期の古式捕鯨。房州の深い海が、深海域に生息するツチ鯨と江戸初期の内房の漁師達を頻繁に遭遇せしめた。そこから発祥したものと推定される房州捕鯨。死を迎えるまでの限られた時間、時には先人の営みに思いを馳せながら、この仕事を残して次世代に継承して貰える様に仕向けることを我がライフワークとしよう。最近はそんな感覚で働いています。神がそれを望んでおられる?そうですね、最近はあまり元気のない日本の八百万の神々ですが、彼等の過半数はそれを望んでおられるのではないかしらん。そう思うことにしましょう。

(終わりに)
以上、ややこしいことを長々と書いて参りましたが、百聞は一見に如かず、皆さん、ツチ鯨の解体作業の見学にいらしては如何でしょう?漁期は概ね6月下旬からお盆まで。房州捕鯨の伝統で、熟成された肉を生産する為に、今日とれた鯨は翌朝解体することが多いです。解体時間の開始時刻は概ね前日の夕刻までには外房捕鯨(株)ブログ(http://gaibouhogei.blog107.fc2.com/)に随時掲載しています。


後記
以上は、北海道大学東京同窓会会報フロンテイア46号に掲載されたものです。

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