外房捕鯨株式会社

千葉県和田浦の捕鯨会社からのプレスリリースです。

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花に嵐の

 どうやら本当に春が来てしまったらしい。今しばらく深い冬のしじまの中でコツコツと内職でもしていたかったのだが、、、内職の方は一向に進んでいない。惜春の情ならぬ惜冬の情、湧き出でることしきりである。

雪の降った日に
ふいに私のところにやってきた
ある烈しい思いも
少しずつ形を変えて
今日まで心の片隅に残っていたが
最後はやはりしゃぼんの泡のようなものになって
静かな冬の陽がどこかに持って行ってしまった
井上靖

 穏やかな春の空気は、張りつめた人間のこころをも和らげてしまうものなのだろう。ただ、僕はここで内職を止めてしまう訳にはいかぬ。正月に信州の北沢峠で観た冷厳にして冴やかな星空が目に浮かぶ。季節は移ろえども、我が心の中に冷厳にして烈しいものを保ちながら、またコツコツとやっていこうと思う。

 春はまた別れの季節でもある様だ。今まで僕らの職場に歴として存在し、一緒に働いていた人々が、ある人は退職され、ある人は転勤され、ある日突然姿を消してしまう。親しくして頂いた人との別れはやはり淋しい。送別会などを催し、酒を酌み交わし、「まあ、その気になれば、また会えるさ。」とつぶやき、心を慰める。

 さほど親しくして頂いた訳ではないが、なんとなくいい感じだなあ、と思っていた人との別れも又、切ない。挨拶回りにきたその人に対し、自分の気持ちをどう表現したらよいか、見当もつかず、ただ当惑しながら、「いろいろとお世話になりました。」と言うのが精一杯である。今後連絡をとりあうこともなかろう。まさに一期一会である。

この杯を受けてくれ
どうぞなみなみ注がせておくれ
花に嵐のたとえもあるぞ
さよならだけが人生だ
井伏鱒二

 この「さよならだけが人生だ」という断定的な言い回しの中に作者のやりきれぬ淋しさを感じ取り、共感を覚えるのは僕だけではあるまい。人間は一生こんな別離のかなしみを性懲りもなく重ねていくものなのであろう。

 でも物事そう悲観的に考えることもあるまい。よくよく考えてみれば、今こうして別れの淋しさを感じ得るのは、何かの縁でその人に出会い、その人に対して何らかの愛着を感じているからに他ならぬ。そもそも、出会いなくして、別れなどないのだ。

 この三月も終わろうとする頃、もし僕らの職場が目に見えぬ悲しみの霧の様なものに包まれるとしたら、、、、この職場で汗水流して働く生活もそう捨てたものではない。


後記
 以上は湾岸戦争の年との記憶があるから、1990年の春に、日本水産労働組合(通称NAC)東京支部の機関誌「WINK」に掲載されたものです。今年は2015年だから何と25年前、現在の私の年齢は54歳だがら、何と29(!)の歳に書いたものということになります。

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