外房捕鯨株式会社

千葉県和田浦の捕鯨会社からのプレスリリースです。

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メイデーに想う

 今日より5月。ここ鮎川の春は房州のそれと比べれば、湿気が少なくからっとしている。房州では照葉樹の強い色彩の新緑が丘陵の風景を躍動させていたが、当地の広葉樹は芽吹き始めたばかりなのか、色が淡く、春未だ浅き風景に感じられます。尤も僕には「春まだ浅し」と感じられる風景が、当地の本来の春のそれなのでしょう。桜は葉桜となり、ぼたん桜は未だ重い花をつけている。僕には当地の春の方が落ち着ける様な気がします。

 事務所でパソコンを開ければ、「そうだ、今日はメイデーだ。」と想う。東京で働き始めた頃、都内のどの辺りだったか、春の佳き日を会社の先輩方と愉快に闊歩した記憶が残っている。極めて良質な思い出である。あれから茫々30年。今年のメイデーや奈何?と、ネットで検索してみる。ニュース記事が見当たらず、ようやく連合のHPに辿りついたが、今年のメイデー(大会)は4月29日に実施済との由。おそらくは参加人数も当時の規模と比べれば激減しているのではないか、と思う。

 僕の勤めていた会社はそれから5年後あたりに、メイデーを自由参加に、即ちオルグしない(組織的な参加勧誘を一切せず、実質的に不参加となる)方向に舵を切った。当時の労組の委員長Sさんは僕らが「親分」と慕う腹の太い人だった。当時は5月1日という会社公認の実質的な休日を、メイデーの行進に使うのはいかにも勿体ない、といった感覚が強まっていた時代だったと思う。世はバブル経済の真っ只中。個の自由が尊ばれ、労組が組合員に強いてきた「団結すること」も左翼的な用語も、古臭い、流行らないものとして、脱ぎ捨てられた時代であった様に想う。労組の中央委員会だったか、研修会だったか、いわゆるデイベートという手法を使って、「労組としてメイデーに参加すべきか否か」を討議した記憶がある。その中でSさんは自由参加となった最初のメイデーの朝の出来事を話してくれた。不参加を決断した張本人ということで、敢えて朝ゆっくり寝ていると、奥さんに「あんた何やってんの!」と叩き起こされ、とりあえずメイデー会場へ。そこでSさんが何をし、何を感じたと言ったのかは覚えていないが、恐らくは複雑な気持ちで行進を眺めていたのだろう。

 当時は「個を不必要な束縛から解放して自由な時間を与えよう」という考え方から、昔から職場にあった(個の拘束を伴う)習慣を消していった時代であった様に思う。そして、与えられたその「自由な時間」を個は社外で合理的に使い自己を啓発する。とかく同質化しやすく、没個性的(と言われた)従業員の質が変わる。当時はそんな妄想(?)があった様に思うし、また僕ら自身も「自由な時間=休み」が増えるのは大いに結構、とう感覚が強かった。それでも、今あのメーデーの佳き日のことを懐かしく思い出す。

 1月4日が「働きもしない、意味のない出社」ということで労使の合意の下、休日となったのも、あの頃のことであった。その前は、1月4日には女性社員の大半が着物を来て出社し、職場は大いに華やいだものだ。会社では社長の年頭の挨拶の後、職場にてビールを飲んでお終い。そして若手の社員達は、着飾った女性社員と一緒に喫茶店に入って雑談する。嗚呼、あれも新年の佳き日だったなあ!

 今、ああいった場、時空にわが身を置けたことに大いなる幸せに感じる。会社を去って早20年。今でも当時の仲間と時々連絡を取るが、それは年々歳々かけがいのないものになっている。想えばあの組合の仕事だって、大した仕事をした訳ではないが、昼に組合の部屋で雑談をし、仕事の後にちょっと部屋に寄れば飲み会に引っ張り出される。それが午前様になることが多く、翌朝は結構しんどい思いをしたが、根が嫌いではないのだから致し方ない。そうですね、「居場所」、僕は幸運なことにそれが結構多かった様に思う。何をする訳でもなくそこに居られたこと、メイデーの春の佳き日も、1月4日の仕事のない仕事始めも愉しかった。

 ちょうどあの頃、ソ連邦が崩壊に向かい、日本はバブル経済へ、西側の国々は「平和の配当」を享受した。その先には「平和の時代」が待っている筈であったが、昨今の国際情勢はそんな穏やかなものではない。経済史的に考えても、当時ネガテイブに捉えられた冷戦構造は、西側(資本主義体制)と東側(社会主義体制)の両陣営が一般民衆・労働者に対して、それぞれの国家の存続を賭けて、サービス合戦に血道を上げた時代、という見方も出来そうだ。近年、「経済格差の拡大」が社会問題として取り上げられているが、この現象は、「社会主義」なる競争相手が失われ、資本主義の独壇場となったことにより、必然的に起こった事象とも言えそうです。今、あの春の佳き日の行進、組合の大会で聞こえて来る紋切型の表現がとても懐かしいものに感じます。

 何だかややこしいことを書いてしまいましたが、そうですねえ、「こうでなければ生き残れない」とか、市場原理の名の下、誰もが黙って実は「自分だけよければいい」思っている様なおぞましい社会は願い下げですね。それでは。

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