外房捕鯨株式会社

千葉県和田浦の捕鯨会社からのプレスリリースです。

パルミラの遺跡への想い

 報道によると、シリアのパルミラにイスラム教過激派組織ISが侵攻し、既に多数の人々が殺戮されたらしい。またISは非イスラム教の遺跡破壊を繰り返していることからして、パルミラにおいても同じことが起こるのではと危惧されている。あの広大にして繊細な美しさ持ったローマ帝国時代の廃墟、その傍らの小さなオアシスの集落で日々の生活を営む善良な人々。そこを舞台とした地獄絵図を思い浮かべ、こころを痛めている。

 今から30余年前、大学の5年生の春、僕はこの地を訪れた。あの頃は、確かに反政府組織の人々(スンニ派イスラム原理主義者であり、現在のISに近い人々)がシリア政府によって虐殺され、ハマの中心部に見せしめの意味で吊されていた年だったと思う。それでも旅行者にとっては、シリアは人々の笑顔が優しい、静かな印象を与えてくれる国であった。一昨年は十字軍と戦ったアラブの英雄サラデイン(実際にはクルド人)の要塞が残るアレッポの街が破壊され、今回はあの麗しきパルミラで大規模な虐殺が行われ、遺跡は破壊の危機に直面している。当時の50日に渡る中東放浪の中で、パルミラは最も思い出深い地であるだけに、彼の地の動静が気になるのである。

 あの日、僕は朝アレッポをバスで発ちホムスへ南下、そこでパルミラ行きのバスに乗り換えた。バスはシリア砂漠を横断、時々羊群を率いるベドウィンの姿が見えること以外は何もない砂漠。僕はその風景に見入っていた。そしてシリア砂漠の残照が絶えんとする頃にバスの車窓から遺跡と思しきシルエットを見たものの、バスを降りた頃は真っ暗だった。呼び込みに来た宿の主人と一応宿代の交渉をした上で泊めて貰うことにした。晩飯を何処で食べたものか、記憶に無いが、その晩主人と以下の様な会話をした記憶がある。

主人「貴方は何教徒であるか?」
私「仏教徒である。」

(当時は「無宗教=コミュニズム」と理解され、時にトラブルも招く、という「旅の知恵」と、我が家が真言宗であることから、「仏教徒」と返答した次第である。)
主人「仏教の神様は誰だ?」
私「ええと、仏陀ですねえ。」
主人「仏陀は生きているか?」
私「ええと、遠い昔に死んでいますね。」
主人「神様は死ぬのか?一方でアッラーは不滅である。やはり仏陀よりアッラーの方が偉大である。」
私「、、、、、、、、、」

 流石に自分自身の宗教に関する無知に唖然として動揺したが、その後の主人のアガール等の土産物の執拗な売り込みに対しては、無い袖は振れず、切り抜けて就寝したことを覚えている。

 翌早朝、パルミラの遺跡を歩く。とにかく凄い規模の遺跡である。遠くに人が一人歩いており、僕の方に近づいてくる。その人は比較的若い女性であった。彼女は一言、「バクシーシ」と喜捨を要求したが、やがて無い袖は振れない僕に見切りをつけて退散した。僕はたった一人で遺跡に取り残された。やがて砂漠の地平線から太陽が昇り、広大な遺跡はバラ色に染まった。息を飲む様な美しさ。僕は廃墟の大理石の土台に腰を下ろし、しばらく茫然と遺跡を眺めていた。やがて何人かの男性が集まってきた。彼等は遺跡の発掘の仕事をしいるらしい。そうだ、この遺跡は未だ発掘の最中なのだ。やがて彼等は木切れを集め、焚き火を始めた。そして、僕に手招きをする。紅茶の一服の時間の様だ。有難く紅茶をいただき、さらに結構立派なオレンジをひとつご馳走になる。英語もドイツ語も通じないが、何だかとても豊かな気分でしばらく彼等と過ごす。ひとりひとりと握手をし、集合写真を撮って貰って、ようやく数時間茫然と佇んだ遺跡を後にした。この写真があの旅でのベストショットとなった。

 以上、とりとめもなく、記憶を辿ってみたが、やはり、あの美しき広大な遺跡を穏やかな人々がぼちぼちと発掘していた風景と、内戦の風景は重なり得ない。彼の地の人々が内戦を逃れて生き延び、また何時の日にか、彼の地に戻って安逸な生活を送れる日が来ることを、切に希望している。また、何時のことになるかわからないが、再び、朝日に輝くあの遺跡の片隅に佇みながら、茫然と過ぎし日々のことを想う機会が来ることを希望している。

 それにしても、人々は時に、論理的整合性の高い思想を背景に、情熱をもって現状の改変を志向して行動するが、それがとんでもない惨状をもたらすことは結構多い様に想う。塩野七生さんは文藝春秋のエッセイの中で、イスラム教のドグマの明快さの中に、その危うさを指摘している。キリスト教も過去に多くの破壊活動を推進した歴史を持つが、その贖罪意識を伴った複雑なドグマと、そんな歴史認識の定着は、社会・人々をより自制的に動かしている。そんな論点だったと思う。やはり、明快な論理は時に人々を思考停止状態に陥らせ、そんな人々の行動が社会にとんでもない惨禍を招くものなのだ。

 翻って、最近の日本の状況はどうか?中韓との関係の悪化が影響してか、「日本を素晴らしい国」とする書籍と、中国や韓国の後進性を表す書籍が、かくも多数本屋の棚に並んでいる状況は異常と思う。僕自身はこの国に生まれてラッキーだった、という想いが強く、所謂自虐史観に与するものではない。しかし、自国を賛美して隣国を軽蔑し、安堵する様な精神構造は、如何なものか?物事は概ね「良かれ悪しかれ」というものではないか?中韓政府の対応に不愉快な想いをすることは多いが、自画自賛的な国家観にはやはり危うさを感じるのである。以上

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