外房捕鯨株式会社

千葉県和田浦の捕鯨会社からのプレスリリースです。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

立春

 立春の朝は、如月朔日と同様、定置網漁の回復を祈念しての神社巡り。今回は旧和田地区の花園から真浦までの5つ神社に、和田の竜宮様と小浦の弁天様と稲荷様を加えた、なかなか豪勢(?)なものとなった。「神様に祈る以外に能が無いのか?」と言われてしまいそうだが、僕は歩くことが好きで、早朝の神社の佇まいは何とも美しいもの。朝の散歩でそこに赴けば、掌を合わせて何事かをお願いしている次第である。立春の朝にはどの神社も例外なく、昨日(節分の日に)撒いた大豆が残っていた。誰かがこうした昔からの習慣を守ってくれている。ゆかしきことである。

 その後大学の同窓会に出席すべく、千葉へ。この同窓会に誘ってくれた県庁のAさんが一昨年急逝。そんなこともあって、出席しない訳にはいかないのだ。鈍行電車を使っての千葉行きは乗り継ぎがうまくいっても2時間半はかかる。かつてはそれを嫌ったものだが、最近では鈍行列車の旅を愉しむ感覚が強い。いつか「駅から散歩」を楽しむべく、勝浦あたりまで車窓の風景をじっくり眺め続ける。今回行川アイランド駅手前付近で、遙か下方の急坂の下に小さな漁港を発見。おせんころがし付近と思われが、いつか散歩してみたいと思う。

 同窓会を終え、鈍行列車で帰宅。とまあ、そんな一日となりました。それでは、お終いに、井上靖さんの詩「立春」を以下に紹介し、「快癒宣言」以来の頻繁な作文を終了したいと思います。気が向いたらまた書きましょう。それでは。

立春 井上靖
雪が降った日から七日経っている。
庭の陽かげに いつまでも残っていた雪も、
最後はしゃぼんの泡のようなものになって、
今日の午後消えてしまった。
そしてそのあとの湿った黒い土の上に、
静かな冬の陽が落ちている。

雪の降った日にふいに私のところにやってきた
ある烈しい思いも、少しずつ形を変えて
今日まで心の片隅に残っていたが、
最後はやはりしゃぼんの泡のようなものになって、
静かな冬の陽がどこかに持って行ってしまった。

雪が消えるように思いも消え、
思いが消えるように雪も消えた。
天地の間には百数十時間という刻(とき)が過ぎ、
それを七つに割った安佚(あんいつ)な明暮が、
私の内部においては繰返されたのだ。
暦は立春を伝えている。

 | HOME | 

FC2Ad

プロフィール

gaibou

Author:gaibou
FC2ブログへようこそ!

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。