fc2ブログ

外房捕鯨株式会社

千葉県和田浦の捕鯨会社からのプレスリリースです。

中原中也の詩 二題

 雨が続きますね。梅雨のやさしい雨は人のこころをほっとさせる面がある様です。この時期になると中原中也を紹介したくなります。そんな訳で閑話休題、中原中也の詩 二題を以下紹介しましょう。

六月の雨
またひとしきり 午前の雨が
菖蒲のいろの みどりいろ
眼うるめる 面長き女
たちあらわれて 消えてゆく

たちあらわれて 消えゆけば
うれいに沈み しとしとと
畠の上に 落ちている
はてしもしれず 落ちている

お太鼓叩いて 笛吹いて
あどけない子が 日曜日
畳の上で 遊びます

お太鼓叩いて 笛吹いて
遊んでいれば 雨が降る
櫺子の外に 雨が降る




吹く風を心の友と  

吹く風を心の友と
口笛に心まぎらはし
私がげんげ田を歩いてゐた十五の春は
煙のやうに、野羊のやうに、パルプのやうに、

とんで行つて、もう今頃は、
どこか遠い別の世界で花咲いてゐるであらうか
耳を澄ますと
げんげの色のやうにはぢらひながら遠くに聞こえる

あれは、十五の春の遠い音信なのだらうか
滲むやうに、日が暮れても空のどこかに
あの日の昼のまゝに
あの時が、あの時の物音が経過しつつあるやうに思はれる

それが何処か?――とにかく僕に其処へゆけたらなあ……
心一杯に懺悔して
恕(ゆる)されたといふ気持の中に、再び生きて、
僕は努力家にならうと思ふんだ――


ブログ管理人より一言
 「六月の雨」は梅雨の穏やかな雰囲気、ささやかな幸せの様なものが感じられ、好きな詩ですね。この時期になると、ちょうど鯨解体開始時刻を表示する義務が管理人にはありまして、今日のような雨の日には、この詩を紹介したくなります。多分3-4回は同じことを書いているのではないかしらん。

 「吹く風を心の友と」は確か中学校か高校の教科書で読んだものですが、最終行の「僕は努力家にならうと思うんだ」と一節が強い印象に残っています。今日ようやく2月に頂いた2通の手紙(内1通は書籍の寄贈)に対する手紙をようやく書き終えたところでした。高校の頃から「努力家にはなれそうもない」ことはわかっていましたが、最近ではその前の部分「心一杯に懺悔して恕(ゆる)されたといふ気持の中に、再び生きて」に引かれます。思えば僕は若いころ随分と不義理をしてきたものだった。例えば秋の仕事で北海道の苫小牧から浦河経由日高山脈をぶち抜いたトンネルを通って十勝平野に抜ける途上、眼前に広がる雄大にしてなつかしい風景を眺めながら昔のことを思い出します。そして、現在音信の途絶えている複数の友人達に対し、過去に犯しててしまった不義理に関する悔恨の情、懺悔の気持ちが浮かんでくることが多いです。
 中原中也も「15の春の思い出」の後の生活に対し、深い悔恨の情と懺悔の気持ちを抱いていたのではないか?そんな心の葛藤を「口笛に心まぎらはし」書くことが出来るのが、この彼が非凡な詩人たる所以でありましょう。

 という訳で管理人の気まぐれに拠る、「中原中也の詩 二題」の紹介でした。それでは。

 | HOME | 

プロフィール

gaibou

Author:gaibou
FC2ブログへようこそ!

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する