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外房捕鯨株式会社

千葉県和田浦の捕鯨会社からのプレスリリースです。

閑話休題

 ツチクジラ漁の方は昨日14日と本日15日と休漁中。天候は良好にて、先週まで永い間南からの強風で働けなかったことを考えれば、いかにも勿体ない、という気もします。まあ恒例の千倉の夏祭由来のことで、致し方ないところですね。酷暑が続いていますが、被災地の皆さんのご苦労は如何ばかりかと。当社の方も明日16日以降は随時解体作業をすることとになりますが、夏本番の酷暑の中に作業となりそうです。和田浦の漁期は7月25日までで終了し、その後船はオホーツク(網走)に向かいます。明日以降最後に追い込みに入ります。

 TV報道の方は豪雨の被害一色という感じですが、オウム真理教事件絡みの報道をちらほら。何でも教祖の遺骨の引き取りについてもめているらしい。事実関係と現行法規がわからないので、何とも言えない訳ですが、あれだけの悪行を尽くした宗教団体が、名称を変えたとは言え、実質的に存続しているらしい。刑死した教祖の家族の情もわからなくはないが、やはり遺骨は慎重に取り扱われる必要があるのではと感じました。

 同様の事例として思い浮かぶのは、イスラエル政府によるナチス高官アイヒマンのアルゼンチンからの拉致とイスラエルでの裁判及び死刑執行と、米国政府によるアルカイダ指導者オサマ・ビン・ラデインのパキスタンで暗殺といった事件です。前者の場合アイヒマンの遺骨はパウダー化されてどこかの海に撒かれたものと、後者の場合遺体は軍艦から海に水葬されたものと記憶しています。前者も後者も、少なくても「第三国での拉致或いは殺害」ということで、第三国の国内法に違反していることは間違いないが、その行為自体を非難する国際世論は比較的小さいのではないか、と思う。オウムの場合はこれらの事例とはスケールは違うが、その荒唐無稽さにおいては勝るとも劣らない。

 オウムへの強制捜査が実行される前段階において、当時の教団のJ広報部長が田原総一郎さんのニュース番組で教団が無実をあることを整然かつ饒舌に語って(騙って)いたことを思い出します。その中でJ氏が「オウムに罪をなするつけようとする勢力が存在し、それには米国の関与が疑われる。」と発言した際、田原氏が「何を、馬鹿なことを言っているんだ!」と叱責した場面があった。「荒唐無稽」。一言で言えば、この言葉に尽きるでしょう。

 「共同幻想」という言葉があります。それは必ずしも荒唐無稽なものではなく、例えば「皆がお金には然るべき価値があると信じているから(幻想が共有されているから)、貨幣は流通し、物資やサービスの交換に使われている。」といった風に使われる言葉です。同様に例えば国家というものも、何々民族というものも、「多くの人々に共有された幻想」によって、存在するものと見なされている。オウムの後継とされる宗教団体も、同様に一種の幻想を共有した人々によって運営されているものと思われますが、その幻想は相変わらず荒唐無稽なものなのではないか?あの幾多の犯罪行為の結果としての「刑死」さえ、あの教団ではイエス・キリストの刑死と同様に「受難」という幻想として共有化されていくのではないか?そんな疑念を持っています。

 信仰の自由は順守されて然るべきだし、教祖の遺骨を自らの手で埋葬したいとする家族の情も理解できないものではない。しかるに「その情を敢えて押し殺して、教祖たる家族の長が引き起こした犯罪の被害者とその家族が受けた惨禍に思いを致し、彼が犯した犯罪を肉親の情を超えて断罪し、世間の疑念を晴らすこと」。それがこの教祖の遺骨問題に関して採るべき家族の務めではないか?事件の荒唐無稽さが故に世間の疑惑の念は強いものですし、ここで教祖の遺骨を巡る軋轢が発生すれば、その疑念は益々深まる。僕はそう考えています。尤も、教祖の家族の人権が侵害されぬ様に留意する必要があることは言うまでもありませんが、、。

 以上「閑話休題」として書き始めましたが、なかなか厄介なものになりました。もっと愉快なことを書けばよかった。そう反省していますが、まあ、このまま記録として留めることにしましょう。

 明日から漁が再開されますので、うまくすれば16日(月)あたりに解体作業開始時刻を掲示できるといいですね。それでは。




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