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外房捕鯨株式会社

千葉県和田浦の捕鯨会社からのプレスリリースです。

オホーツクの街より

 昨晩羽田より空路オホーツク沿岸の街に入りました。28日の房州沿岸を襲った高波の被害に気を揉んでいますが、とりあえず北へ。当地での爽やかな気候を期待していたのですが、驚くべきことに当地でも30℃超えの暑さ。太平洋岸の釧路の最高気温は24℃ということで、釧路の人々は彼らなりにこの暑さに閉口しているのでしょうが、当地と釧路の5℃を越える気温差に驚いています。やはりオホーツク海は日本海と同様に「閉鎖海域」ということなのでしょう。

 当地からは、半島つけ根の斜里岳・海別岳、そして知床半島の羅臼岳・硫黄岳・知床岳の連山が海の向こうに見渡せます。羅臼・硫黄は16米を超える高山であり、冬のこれらの山脈の縦走は激しい風雪に曝される大変厳しい登山となります。そして、知床岬の先には国後島が横たわり、そこにある爺爺岳(チャチャヌプリ)も1800米を超える高山。そこからも北東にカムチャッカ半島の先端まで高い山を抱いた千島列島が続いています。そして北海道の北には樺太(サハリン)がドンと居座り、その北は大陸、即ちロシアの沿海州と呼ばれる地域。要するにオホーツク海とは、北海道北東岸と千島列島とカムチャッカ半島西岸とロシアの沿海州と樺太に囲まれた「閉鎖海域」」と言えそうです。太平洋岸の釧路とは気象が異なるのはそのことに拠るのか、と実感した次第です。

 折角の機会、少々オホーツクのことを勉強してみようか、という気になってきました。当地では明日も暑そうですが、明後日には暑さも一段落する見込みです。それでは。


台風一過

 昨夕は当地に台風が接近。大潮の満潮時の接近ということで、海は大時化。今朝現場を確認して参りましたが、漁協の魚市場に収納されていたタンク等が流されて、その一部(割合は不明)が港の砂に埋まったあたりや解体場に流れ着き、その回収作業をしている状況。陸に揚げてロープで固定された伝馬船も波に洗われたと見えて、傾いたものを散見される。海水浴場の砂が全面的に防潮堤に揚がっており、こんな風景を見るのは初めてことです。事前に陸揚げした二段箱以外の網は無論沖に残っている訳でして、その様子がどうなっているか?心配ではありますが、これは受け入れるしかない。今日も引き続き波の高い海況が続いているので、その全容を把握するのは、時間がかかりそうです。

長年「地球温暖化問題」が叫ばれていますが、我々の関心はやはり水温と潮流です。南方海域の水温が高ければ、台風発生の確率は確実に上昇し、潮流も傾向としては速く(強く)なることは間違いない。南方海域の高水温は事実として共有されている現象。無論魚の分布や鯨の回遊も水温と潮流の受けるが、その分布や回遊以前の問題として、船を使って「沖で働けるかどうか?」「魚(鯨)を獲れる努力を出来る海況かどうか?」 それが我々沿岸漁業者にとって最も深刻な問題です。今夏はたまたま7月22日でツチクジラ漁を終えた次第だが、その後の気象・海況が8月末までどう推移するものか?オホーツク岸の街より、その推移を鋭意見守っていきたいと考えています。

 今日は飛行機が飛ぶかどうか、心配されましたが、どうやら大丈夫そうですね。これより電車で館山に向かい、羽田行のバスに乗ります。鮎川の解剖員達も昨晩無事仙台発苫小牧行フェリーに乗船しました。それでは。北の街より、また書きましょう。

百日紅(さるすべり)

 忘れ物を思い出した様に、今朝は北国行の荷造り。今日地元のお客さんを巡回する予定でいましたが、台風接近の報を受けて昨日の段階で取りやめました。今朝定置網漁船の港内への退避を確認しに行ったが、さほどひどい天気ではなかった。現在でも日が差している状況にて、「行っておけばよかった。」と後悔しております。まあ、仕方なし。追ってR君に巡回して貰いましょう。また、お盆のお墓参りは出来ないが、次回の帰郷時に行くことにしましょう。

 昨日は自動車で千葉へ出張。駐車料金4千円には驚かされましたが、それはともかく、上総DNA研究所付近から木更津北ICの間の百日紅(さるすべり)の並木が美しかった!出張前に、「いいものを見せて貰った!」と喜んでいます。

 そう言えば、遠い昔、どの山を登った後のことだったか記憶にないが、会社の先輩と車で、甲州街道の抜け道(道志みちと呼ぶらしい)を通ったことがあった。多くの農家の庭に百日紅の花が咲いていた。夕刻のことだったし、車内にはサテイーの音楽が流れていたこともあってか、暮れなずむ渓谷沿いの集落とそこに咲く百日紅の風情は何とも美しく、もの悲しいものだった。夏に中央線沿線の山に行くことは考えられず、あれはおそらくは初秋の旅であった様に思われます。という訳で、やはり僕の場合、百日紅には秋のイメージが強いのです。なお、一応ネットで調べてみたところ、それは梅雨時から9月末まで(要するに百日もの期間)咲き続ける木の花の様です。

 最近NHKで横溝正史のある推理小説の再映像化の宣伝をしているが、彼の作品で「百日紅の木の下で」というものがある。短編ながら、素晴らしい構成の、また何ともエロいもので、百日紅を見るとこの作品のことを思い出します。この作品は戦地で亡くなった友人の遺志を受けて、復員後にある人を訪ね、昔起こった事件の謎解きをし、最後にその復員兵は「金田一耕助と申します。」と名乗ってその場を去る。そんな構成も見事なものでした。

 さすがに午後には気象は激しく崩れそうですね。最後の一仕事をして、明日北へ発ちます。気が向いたら、また北の国より何か書きましょう。それでは。


あれ、秋が来た?

 酷暑の大騒ぎ。「命にかかわる暑さ」という言葉は今年の流行語大賞になるのでは、と思っていたところ、今朝はこの涼しさ。理屈では「7月下旬から秋」なんていうことはありえないことはわかっていても、ツチクジラ漁終了の折、どうしても体がそう感じてしまい、頭で修正を加える感覚です。

 捕鯨船の方は無事に津軽海峡を越えていますが、定置網漁業の方は台風対策としての「網抜き」で大騒ぎ。台風で網を破損してしまっては漁が続けられず。一旦箱網(水揚用の網)を回収する次第ですが、台風が過ぎた後また網を入れ直す必要がありまして、これが大変な作業。この台風の接近を機に気象が大きく変わった模様で、今後どんなことになるのか心配しています。頻繁に台風が発生・接近(上陸)ということとなりますと、「網抜き」と「網入れ」を繰り返すこととなります。これは賽の河原に石を積むが如く、きつい作業を連続的に発生させることになる。人間は自然の猛威の前では全く無力でありまして、心して自然に合わせていくしかありません。

 昨日鮎川事業所の解剖員が宮城に帰郷。追って北へ向かいますが、フェリーが動くかどうか?私も航空便を予約してはあるものの、飛行機が飛ぶかどうか、気を揉んでいます。尤も何が出来る訳で無し、与えられた状況の中で北へ移動する手段を探すこととなりますね。

 「星影冴やかに光れる北」へもうすぐ旅立つこととなります。そこは「人の世の清き国」ではないが、涼気溢れる空間が広がっている筈だし、まあ心掛け次第では愉しめるものと思います。「さらば酷暑」、そしてさらにその先の「残暑よ、さらば」。いざ、我が若き日々を過ごした北の大地に赴かん!それでは。

平成30年夏の和田浦ツチクジラ漁は終了しました。

 本日7月23日午前2時開始の解体作業をもって、平成30年夏の和田浦ツチクジラ漁は大過なく無事終了しました。

 今年は6月5日から昨日7月22日までという、従前との比較では概ね1ケ月程度早い季節の漁期となりました。昨夏は1隻体制かつ台風や東風に悩まされ、夏に限れば7頭の捕獲に終わり、お客様に必要な鯨肉を提供出来ず、無論自社加工に使う鯨肉も確保出来ず、苦しい1年を送りました。今年の早い時期の漁期で果たして獲れるかどうか、不安はありましたが、2隻体制で19頭を捕獲することが出来まして、何とか供給者としての責任を果たすことが出来たものと、とりあえずはほっとしている次第です。この漁の関係者の皆様、今年もご協力頂き、誠に有難うございました。こころより御礼申し上げます。

 本日解体終了後(5時頃)、解体場の近所の皆さんのお宅に、少し鯨肉を持って、終漁の挨拶にお邪魔しました。例年ですと、これをするのはお盆の後のこと。高台のお宅の庭には秋を思わせる風が爽やかに通っていたものですが、今回はまだ7月下旬。風はなく、決して爽やかな気候ではありませんでした。それでも、この挨拶を済ませると、「夏が終わったなあ。」とほっとするものですね。

漂泊の果てについに行きついた
秋の落莫たるこころが、
どうして冬のきびしい静けさに
移りゆけるであろう。
秋と冬の間の、
どうにも出来ぬ谷の底から吹き上げてくる、
いわば季節の慟哭とでも名付くべき風があった。

井上靖詩集「北国」の 「野分(一)」より

 「漂泊の果てについに行きついた」というのは、今の実感ですね。そのくらいここ1年はつらい思いをした。尤もこの詩は秋と冬を区切る「野分」をモチーフとしたもの。この夏の真っ只中の心象としてはいかにもそぐわない気がします。それでも、既に船はオホーツクに向かい、我々陸上要員も追って北に向かう。

 昨年は仙台のフェリーターミナルで「立ちくらみ」を起こし、大事をとって仙台の救急病院で脳と心臓の検査をしてもらった。翌朝新幹線で仙台発・函館経由苫小牧駅へ。そこで予定通りフェリーに乗船した皆さんに拾ってもらった。仙台朝一番発の新幹線が北朝鮮から発射されたミサイルの影響で止まっていて、苫小牧に辿り着けるかどうか、気を揉んだ記憶がある。そう言えば、この立ちくらみ絡みの騒動、今春に横浜(桜木町駅ホーム)でも再度(性懲りもなく)起こしてしまい、僕の目尻にはその痕跡が残っている。

 今年こそをは(まあ少々時期が早いが)仙台を夜発つフェリーに乗船し、
「窓は夜露にぬれて 都すでに遠のく 
北へ帰る旅人ひとり 涙流れて止まず」
と、しみじみと口ずさもうと思っていましたが、今回は飛行機で移動することとなりました。風情はありませんが、気楽ではありますね。これより出発までの間、鋭意残務を片付けたいと思います。

 これにて解体時刻連絡の任務は終了しますが、気が向いたらまた書きましょう。それでは。


 











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